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ケータイは何を拡張しているメディアか?

2003.12.02 12:04 JST - ( )

 今日の情報通信文化論で、課題「ケータイとはなにかagain」について議論した。今回は過去の「ケータイとは何か」という課題で他の人が書いたエントリーを参考にして、というオーダーで、学生は参考にした人へtrackbackを送るという形で提出されている。

・MASAKI: 人間の新しい臓器
・KaMaTa's BLoG: ツクリモノの友情とニセモノの優しさと



 これらのエントリーから派生した授業中の議論で、ケータイというメディアはアイデンティティを拡張しているのではないか、と言う話になった。しかも、割とフレキシブルに使い捨て可能な。時々人間関係をばっさりとやるためにケータイを乗り換える、なんて話を聞くけれど、結構象徴的な事なんじゃないか、と思えてくる。

・KaMaTa's BLoG: ツクリモノの友情とニセモノの優しさと

もはやケータイにとって、「電話」というカテゴリの枠は窮屈で退屈なものになってしまっていて、―それは単にケータイに様々な機能が付されているからといったことではなく―ケータイとっては既存のどのようなカテゴリも形容の可能性の幅が狭すぎるのではないか。

 ケータイは固定電話(家電 -いえでん- 、宅電なんて言い方もある)とよく比較されるが、この比較はそろそろ難しいのではないか、と言う視点の提供。ここから、これまで固定電話がしてこなかったアイデンティティの拡張を起こしているのではないかと考えが進んだ。さらに加えてケータイが人間を携帯しているという見方も出来るという指摘もあり、アイデンティティをケータイに依存している人間の姿もあるのかもしれない。

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