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テレビを録り貯める心理

2004.03.29 12:16 JST - ()

 ITmediaのコラムに、「テレビ番組を録画して外部メディアに保存する」ことに関する記事が掲載されている。2003年9月から我が家でもハードディスクレコーダーを使っているんだけれど、視聴行動が変わったり時間感覚が狂ったり、いろいろと生活リズムの修正が必要になったのは、未だに記憶に新しい。「8時だよ!」を9時半から観ているようなモノなんだから。この手の時間感覚の狂いはDVDを買ってきてみるのと同じですね。

・ITmedia: 人はなぜテレビ番組を“録りためる”のか



 昨年末のテレビの振り返りエントリーで、一番好きなテレビ番組は「Matthew's Best Hit TV」だけれど、これは観るたびに消していて、取り貯めておくのは「内村プロデュース」だったというエピソードを紹介した。毎月4本の内PをDVDに焼いて無印のCDケースに入れて貯めている。このズレはいったい何だったのか。

 「記憶と記録」「脳内と脳外」みたいな対比によって、ITmediaの記事ではコンテンツ消費が語られている。そしてテレビ番組を保存する本質について、

いつかまた見たいと思う日のための備えである。一度見て十分理解できる程度のもの、あるいは大して得るものがなかったものは、保存するに値せず、と判断する。

としているんだけれど、内Pからそのときの笑い以上のモノをどうやって得ようとするのだろうか。十分理解した上で保存している自分からすると、イマイチ合点がいかない説明になってくる。

 そこでコラムでは「デジタル狩猟」という言葉を使っている。

それは例えば、「狩猟」のようなものだ。ワナを仕掛け、獲物がかかるのを待つ。そして収穫。EPGによるおまかせ録画機能などを使って得られる快感は、そういった縄文時代以前に人類が綿々と繰り返してきた行為の残滓とは言えないだろうか。

確かにワナに獲物がかかると快感なんだけれど、狩猟採集時代はそれを食べて生き抜いてきたサバイバルのための感覚だった。しかし別にデジタル狩猟は生きる死ぬに関係ない。生死に関わる情報が引っかかれば別かも知れないけど、そういうキーワードのワナを仕掛ける人の議論じゃないと思う。ではいったいこれはなんなんだろうか。

 観る観ない、理解したしない、知識経験を獲得したしない、と言う議論よりは、揃ってる事による充実感を味わうという男の子っぽい趣味、「コレクト趣味」なんじゃないか、と思ったりもするんだけれども。モノとして手元に置いておきたいのと同じで、番組として手元に置いておきたい。それそのものに意味がないのかも知れないから、「趣味」と付しているのだけれども。

 そうしてコレクトしたモノを見始めたらどうなるのか。時間の無駄? 情報感度が高まる? インプット過多でアウトプットがなくなる? メディアに洗脳される? どうなるか。

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