ケータイはローカルなモノ?
2004.11.24 02:09 JST - KEITAI12 (discussion keitai)
ケータイがグローバル展開していく環境が整いつつある。3GケータイのサービスインやVodafoneのJ-PHONE参入、i-modeの海外戦略などで始まっているが、ケータイは実はローカルなモノ、という視点がある。ケータイ利用の国際比較からローカルなケータイの姿を読み解く。
松村
日本で電車内のケータイ利用を調査した天笠さんと中国の電車内でのケータイ利用を調査した華さんそれぞれに、質問をしたいと思います。
天笠
基本的には電車内では使ってはならないと言うことになっている。まず始めにビジネスマンの電車内利用は、働き過ぎの日本人の象徴としてあまりよく思われてこなかった。これがワカモノへの普及となると、電車の中でうるさくしている態度の悪いワカモノとケータイが同一視され、ケータイを電車内で使うのは迷惑だ、とのレッテル付けがなされた。それを防ぐためにペースメーカーがケータイの電波で誤動作するという議論を持ち出して、ワカモノのマナーの悪い電車内使用を制限しようとしたが、今度は通話をしないメールやウェブが登場してきた。結果的に通話はやめましょう、というのが共通ルールになった。
松村
この経緯の中でのポイントは、あまり技術的な立証には触れずに制限しようとしていたので、電波方式や周波数帯などは関係なく、使用を制限しようとしていた点で、とても面白い駆け引きが行われていた。一番技術的な背景を元にしたルール付けをしているのは名古屋の地下鉄で、2GHz帯を使うW-CDMA・CDMA2000はOKという要件にしている。
天笠
健康上の理由でワカモノの暴走を止めようとして、ルール付けのためにペースメーカーを持ち出したが、メールといううるさくない通信ができてしまって、引っ込みが塚中区なってしまって今に至っている、と見ている。
華
中国では全く気を配っている様子はない。繋がると言うことを意識していて、いつでもどこでも繋がるという感覚、電話がかかってきたら取らなければならないという意識が強く、今自分がどこにいるか、と言う場所は二の次。ビジネスでは通話が基本だが、かける側だけでなく受ける側にも通話料がかかるため、大学生はメールが中心になっている。年齢層によって違っている。大学生の中には、電話がかかってくることがあまりないので、出ることが礼儀だと思っている人が多い。その礼儀を強いるのは失礼なんじゃないか、と言う配慮も働いている。
松村
日本では気付いていても気付かないフリをしている儀礼的無関心がマナーの論議に含まれているが、中国でも同じように意識して通話を無視しているのか、それとも本当に感じていないのか?
華
本当になにも感じていないで無視している。友達が喋りながら隣に座っていたとしても話しかけてしまうし、話しかけてみて初めて電話をしていることに気付く。思っていることをすぐに出してしまっている。
天笠
そこにはコミュニケーションのリスクは感じていないのか。そう言うことをリスクとして捉えているのか、それともそうは考えていないのか。日本人だと人間関係や周囲にバイアスがかかるというコミュニケーションに対するリスクを思っての事じゃないかと。
華
中国人の場合はそういうリスクがあったとしても、話してしまった方がよい、と言う感覚になっている。
天笠
電車内でのルール作りや、ルールを無視されたときの怒りが儀礼的無関心を元にしているとすれば、中国ではその作用ははたらかないことになる。
松村
ということは、リスクを気にしながら取るスタイルのコミュニケーションやツールは、あるいは中国では受け入れられない可能性もあるかもしれないわけだ。例えば日本のローカルルールの上で作られた、数々のコンテンツやツールは世界で通用しない可能性もあるかもしれない。それでもグローバル展開をして逝くに当たって、では何で儲けるのか、と言う議論になってくる。i-modeは海外でも展開されているが、そこに乗ってくるコンテンツは日本のモノはあまり流行っていない、とフランスのi-modeコンテンツ協会の方とのディスカッションできいてきた。
天笠
i-modeやVodafoneは海外でも、日本型の垂直統合型のビジネスモデルを導入したいと考えている。これは非常に通信会社に都合がよいシステムで、ケータイ利用に密接に関係したモデルになっている。もしかしたらこれもグローバル展開が厳しいかもしれない。というのは、ケータイはローカルなメディアだからだ。
華
中国では政策としてケータイのローカル性を活用している。例えば沿岸部と内陸部ではサービスの内容が分かれていたりしている。沿岸部に属する大連では韓国のケータイがものすごく人気が高く、中国のメーカーと合弁で会社を作りその技術を吸収しながら少しずつ内陸部のケータイにも反映させている流れがある。また端末メーカーも外国のメーカーは中国国内のメーカーと合弁で会社を作らなければ参入できない仕組みになっているし、キャリアは外資の投資が実質的にはできないようになっている。
松村
中国の場合は経済発展の管理と、情報の流れをキチンと管理しておかなければならない、と言う都合もあって、そのようなローカル性が現れていて、日本の通信方式の違いによる鎖国状態とはまた違った意味合いになっているが、どちらもグローバル性よりはローカル性の追求がなされている。
天笠
インターネットはマクルーハンの「世界村の思想の延長上」に位置していて、グローバルな展開が進んでいくという流れが当たり前のように実現しつつあるが、ケータイが広まっていくときには「改めて世界は別々だよね」という認識をさせる道具になる、つまりグローバリズムの逆を行く存在になっていくと考える。
松村
もしそれでもケータイをグローバル展開したいという場合は、そう言ったローカライズされたビジネスや文化を磨きに磨いて、本当に核になっている部分を軸に展開しなければならなさそうだ、という事だろうか。
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松 村 太 郎