2006.10.04 17:26 JST - IDEA
タグ付けが割れるコンテンツ
最近タグ付けも僕の中ではすっかり普通になってきて、はてなブックマークや、Flickrの写真や、YouTubeのビデオなど、考えてみたら1日中タグ付けしながら背かつしているような気がしてきた。別に気持ち悪いとか不思議な感覚があるわけではなく、普段から知らず知らずのうちにそう言う生活をしてきたんだろうけれど、それを可視化してくれたのがFlickrのタグ付けの習慣だったように思う。Flickrでのタグ付けが写真の分類に大いに役立っていることは、以前触れたとおりである。
いま話をしていて思ったのは、タグ付けによる情報分類って、自分の情報社会を作るためのツールであって、それを共有する段階には次の面白さがある、と段階を踏んで考えた方が良いんじゃないか、ということである。おそらくインターネットの集合地のような概念の中では、始めから人々がタグ付けを好き放題にしていくと、何となく情報がタグによって分類されていくよね、と言う部分の面白さがフィーチャーされているように見えるし、僕も始めはそんな理解だった。しかし自分の中と外で、タグ付けの意味合いが変わってくるのではないか、と思ったのだ。
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例えば僕がBlogの記事を書いたときに、はてなブックマークにクリップされることがある(いつも感謝!)。はてなブックマークでは自分のサイトを登録しておくと、いわゆるIncoming Bookmark、自分向きにクリップされたブックマークを見ることが出来る(tarosite.netの場合はこちらのページ)。Technoratiにも同じような機能があり、Technoratiもはてなブックマークも、IncomingのページがRSSを出してくれるので、チェックするに便利だ。
このページを見ると、自分に向けられたクリップをしてくれた人が、自分のエントリーにどんなタグを付けてくれたのかを見ることが出来る。基本的には僕のイメージした範囲内のタグが付けられているように思う。もし想定していなかったタグだとしても、それはタグを付けた人が分類するために独自のルールで付けているタグだと見受けられるものばかりだ。だいたい思ったこと、伝えたいことが伝わっている、という意味で解釈していいのだと思う。
ある意味タグ付けにブレが少ないというのは良いことなんだけれど、逆にタグ付けが分かれるコンテンツというものにも興味がある。好みが分かれる食べ物だとか音楽だとか絵画だとか、そう言った類の情報については、単純なfavorite / dislikeというタグに始まって、「この絵には母なる大地を感じる」→ mother earthとしたり、「これはドライブにぴったりな曲だね」→ drivingと付けてみたり、印象までタグにし始めると、同じ情報を見たとしても、人によってかなり違ったタグ付けが行われるはずだ。
今は僕も、誰でも良いから「car」なり「coffee」なりのタグを付けていき、情報が人の手によって分類されることに興味がある。しかしこの段階の次には、誰の「favorite」タグなのか、誰の「relax」タグなのかということが重要になってくるのかもしれない。例えば「taro:favorite」(taro's favorite)とか「favorite:taro」(favorite tagged by taro)というタグになるのだろうか。
適当な言葉かどうか分からないけれど、敢えて言えば「Tag 2.0」みたいな話でした。
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松 村 太 郎
TARO MATSUMURA
UPPERWESTSTUDIO
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員(訪問)
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