僕の電子メール10年歴 - Sendmailから25年
2006.11.28 21:22 JST - BLOGGING - COLUMN - trackrecord (communication net)
電子メールの最初の1通は1971年にはARPANETを通じてRay Tomlinsonが送ったものだったそうだが、現在広く使われている電子メールの基礎となるソフトウエアは、僕の1つ後輩だった。いや、その時点でかなり驚きである。1981年にEric Allmanがsendmailを開発してから25年がたったというのだから。
電子メールは送信・受信の信頼性の獲得に始まり、インターネットへの対応、ウェブメールの登場、スパムとの戦い、ウィルスの媒介、そしてこれから送信者認証と、常に問題に立ち向かいながらも、社会的なインフラとしての地位や責任に向き合っているツールであると思う。日本ではケータイでもインターネットと同じ形式で電子メールがやりとりされているのだから、僕らだって相当お世話になっていると思う。
・Internet Watch: sendmailの開発者が語るメール25年の歴史、「メールを使いすぎ」と警告も
僕はかねてから言うとおり、電子メールが大好きな人間である。1996年、僕が最初に取得したメールアドレスは慶應義塾大学日吉キャンパスにある、日吉電算センター(現在のインターネット・テクノロジ・センターITC)のメールアドレスだった。忘れもしない生まれて初めてのアドレスは「oy000007@cc.hc.keio.ac.jp」である。もちろん今は使えません。電子メールとの生活は、今年で10年目になることに、今気づいた。そのくらい、もはやあって当たり前のモノになっていたのか。
僕は大学生ではなかったが、慶應の学生ならば高校生であってもアカウントを付与してくれた。確か年間5000円で20MBのディスク領域とメールアカウント、ニュースへのアクセスなどのサービスが付いてきた。もちろんUNIX環境である。
大学の2つ上の先輩であるオサナさんやクラスメイトのオカダくんに習いながら四苦八苦してコマンドを覚えて、大学ではSunのワークステーションからmnewsというメール・ニュースリーダーのアプリケーションを使ってメールを読み書きしていた。この苦労はSFCへ進学して、UNIXコマンドへの抵抗感が薄い、という役になっていますし、結果今UNIXベースのMacを使っているわけだ。
自宅からは、無料インターネット接続サービスであるAscii Internet Freeway、接続管理アプリケーションであるHot Cafeを使ってネットに接続し、ターミナルのテキスト画面でメールを書いていた。1997年に東急電鉄が始めた(当時では割と条件と名前が良かった)プロバイダ、246-netが立ち上がってすぐにアカウントを取った。アドレスは「taro@246.ne.jp」である。これもまたすごいアドレスですね、今考えると。
高校時代にクラスメイトとメーリングリストを立ち上げて、家に帰ってはクラスメイトとその日の授業のキャッチアップからパソコン、クルマやバイクなどのマニアックな話題に花を咲かせ(僕は当時、高校自動車部でした)、1日に1通流れれば良かった日もあれば、盛り上がってしまうと30通を超える流量を数えたりしていた。
はじめは3人でスタートさせたメーリングリストも、他のクラスメイトが入ってきたり、元々友達だった他のクラスの友人も入ってきて、瞬く間に30人ほどのメーリングリストになった。ちなみに僕の高校は全部で18クラスあるので、他のクラスの友人が入ってきた段階で、メーリングリストには自分のクラスの授業や出来事の話題はなくなることになる。その後何となくメーリングリストは解消していった。よく言えばみんなそれぞれ大学で別の進路に進んでいったし、悪く言えば飽きたというわけだ。
そんな電子メールに対する原体験を持つ僕としては、とにかく現在のメールのサーバ環境や、Mac OS XのMaiil.appのアプリケーション環境、Gmailのウェブメール環境などはかなり満足いくものだ。スパムやウイルスメールは何とかして欲しいけれど、電子メールに対してこれ以上何を求めていけばいいのだろうか。
おそらくそれは、電子メールの先にいるヒトとのコミュニケーションを確実にすることだろう。
もちろんなりすましだとか、フィルタリングではじかれてしまうだとか、そういうセキュリティ・トラブルを防ぐ必要はある。しかしそれ以前の問題で、届かなくなってしまうという問題である。アドレスは変わるものだ。これは僕の10年の電子メール歴でも実証されているし、ケータイメールでも多々見られることだ。
そこでSNSのメールというポジションはユニークだと思う。メッセージのやりとりがきちんとPC、ケータイに対応していればなおさらだ。現在ではGREEのメールと言うことになるんだけれども。メールアドレスという概念がなくヒトにメッセージを送る、とメールの仕組みをリファインしたからこそ実現しているサービスなのかもしれない。
もちろんSNSのアカウントを作り替えてしまえばメッセージがリーチしなくなるという、既存の電子メールのメールアドレス変更と同じことが起きてしまう。しかしSNSはブログや写真やコミュニティ、なにより友人の関係性までリセットすることになるので、アカウントを作り替える敷居は、メールアドレス変更よりも高くなっている。まあ人間関係をリセットするニーズはなくならないとは思うけれど。
でもこれはネットで交わされるメッセージの有り様であって、電子メールそのものの未来の話ではない。前に書いたとおり、現状の電子メールに割と満足している僕としては、Mail 2.0の存在を描くには不適当かもしれない。けれども、何か考えてみようか、とも思ったので別エントリーにて。
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松 村 太 郎