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Mac愛は薄れたか?

2006.11.28 03:43 JST - - ()

 以前より僕のMac愛は薄れてきたのかもしれない。そう思ったのは、今回友人のフジノくんがパソコンを買い替えると言って、「何がいい?」と聞いてきて、いろいろと考えながらオススメを導き出していく過程でのことだった。もちろん僕はこれからも、そろそろ手になじんだ領域を超えつつあるMacを使い続けていくことには変わりないのだけれども。

 彼は今までWindowsノート、たしか、とりわけVaioを好んで使っていた。それで僕に「何がいい?」と聞いてきてもMacを勧める以外にはあまりチョイスがあるわけでもないんだけれど、改めて考えてみると、僕が今いきなりWindowsに舞い戻っても、Windows2000以降にUIが変わったとすれば、それにキャッチアップする以外に困ることはほぼなさそうだ。そのことを知らないくらい、Windowsから離れた生活を送ってきた割にはね。

 メールなんて一番困らない。.Macを使っていて、最近ウェブメールのインターフェイスが進化したから、それを使えばいつものお気に入りのメールソフトと変わらないし、Gmailのアカウントはそもそもウェブメールだ。それぞれ解決の方法は違うとはいえ、アドレスブックも既にオンラインに整っているので、連絡先探しに苦労することもない。スケジュールも同じことだ。

 ブログはそもそもサーバの上に蓄積していく情報だし、自動的にネットワークと同期されるiDiskにあって、それを他のコンピュータでもマウントできるから作業データも心配ない。ネットワークを感じさせずにネットワークを生かしたコンピューティング環境を目指していて、世の中のネットワーク対応が追いついてきた結果ではあるけれど、だからといって優位性が残らないのでは仕方ない。

 表面上関係ないけれど、CPUはIntelなので、マシン内部のテクノロジで優れているところは特になくなったとしか思えない。Macらしさが残るのは、僕にとってはWindowsがVistaになっても適うことはない画面表示、特に文字表示のきれいさと、マシンのデザインと、UNIXコマンドが使える点しか、今のMacには残っていないのだ。

 それって「こよなく愛する存在」としては、ちょっと弱くないですか? という話である。

 せっかく上手いプレゼンテーションをしたり、マーケットシェアが向上してきたとしても、「愛」が育まれる環境ではなくなってしまっているのだ。悲しいことだけれども。もちろんそれでもMacを選ぶことに抵抗感があるわけでもなく、むしろ積極的にGoですが、逆に愛がない人にも勧められるわけです、安心して。

 iPodには映画対応や無線対応などのわかりやすいエキサイティングなストーリーが待ち受けているように思えるだけに、じゃあMacのその先にあるエキサイティングな近未来はなに?というところをそろそろ見せてくれないと、愛が消えそうな気がしているのだ。OSのアップデートではない何かを。

 ただ難しいのは、その何かというのが「できることの拡大、拡張」に設定するのがとても難しいのではないか、ということである。「何かが便利になる」ことは追及されてきたし、これからもなされていくだろう。人間の何を拡張しうるか、というコンピュータ全体の課題を押し付けてしまっているけれど、そこに期待しているのも事実だ。

 なんだかだんだんワガママを言っているようなんだけれど、こういうブランドへのワガママな抽象論は積極的に言った方が良い気がしているので、続けようと思います。


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