16:9 vol.002 - may fever after hay fever
2007.06.12 16:34 JST - IDEA - OUTPUT (event idea tokyo)
第2回目、2007年5月に行われた原宿アイディアストックのイベント、16:9。フルハイビジョンのこの時代に、「思考の16:9」を実践するその方法は前回と同じ。16枚のスライドで9分のトークをデザインしてくるというもの。こうしてお題を持って集まったメンバーは5人。もちろん9分という時間は守られず、むしろ居合わせる回りによって議論が発展していくところを楽しんでいこう、ということだ。
今回のテーマは「5月病の直し方」。今回から、各発表とそこから生まれた議論の結果から、その時間につけられたキャッチフレーズだけを公開していくことにします。と思ったのですが、これは、というキーワードもピックアップします。
キャッチフレーズ
まず、後からこのキーワードを見てもなんだかよく分からない、というところで、このアーカイヴが企画倒れなんじゃないか、と不安にさせるキャッチフレーズから。実際に、本当に思い出せないんですよ。でも、ユビキタス(指来す)の世の中の場合、確かに指によって何らかの有害なモノが生まれることもあるし、それを乗り越えて表現として認められるモノができあがることももちろん考えられるわけである。
マスメディアを見ている大衆は決してバカではないし、テレビというメディアをもっとポジティブにとらえるべきだ。彼が最近20世紀の名プロデューサーと仕事をしている中で感じた強烈なインパクト。そして「どうでもいいじゃん」ということに思い切りこだわる。あとはムーヴメントを待っていく。そんな姿勢がとても良いものをクリエイトするときに必要なのではないでしょうか、と思った初夏。
毎回深いキャッチフレーズを繰り出すが、今回は「ZERO」。しかも友達という日本語訳だ。そのまま読み取れば、友達がゼロ、ということになってしまうけれど、やはり僕らのアクションの原点にあるモノは友達なんじゃないか、とポジティブにとらえることも出来る。皆さんはどちらでとらえますか?
生活というモノは無意識に過ごせばいくらでも無意識に回っていくけれど、やはりここに様々なストーリーが隠れていることは、疑いのない事実であるはずだ。つまらない人生なんてないはずだし、役に立たないストーリーだってないはずだ。そのくらい血眼にならなく立って、生活は色々なことを語りかけてくれる。
ヒトをアンプにかけてくれるモノは、マクルーハンによればメディアだったし、最近だとネット、Web2.0なんかは本当に強烈にヒトの何らかをのばしてくれる。けれどもコミュニケーションの上に載って初めて、Amplifierがきちんと働くのではないだろうか。つまりヒトのアンプはヒトだったんじゃないか。そう考えたら、ヒトに興味を持たないわけにはいきませんよね、籠もりがちなヒトだって。
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松 村 太 郎