2007.07.29 23:08 JST - COLUMN - OUTPUT (photo tokyo tokyotoday)
先週のトーキョー 2007.07.29
今日のトーキョーのエッセイを今週からアーカイヴすることにしました。まずは先週の平日5本からお届け。梅雨明けするんじゃないか、と言われつつ、完全にタイミングを逃してしまって以降、寒気が入ったり台風に再び襲われそうになったり、さんざんな昨今だけれども、ちゃんと過ごしていれば、1日1つくらいは面白いことがあるはずだ。ということを少し自分でも自覚しないとならない。そう思った先週だった。
丘の上での一コマ
夜遅くに家に戻る途中、井の頭通りをよく使う。この通りは昔は狭くてがちゃがちゃ渋滞していたんだけれど、これが2車線ずつの広いとおりにリニューアルされてしばらく立つ。街路樹さえ大きく育ってくれば、表参道みたいに気持ちよい丘の道になるんじゃないか、と期待しているんだけれども、どうもそういう予定はないみたいだ。とはいえ電線が地下に埋められていて、空に遮るモノがない、ある意味トーキョーっぽくない風景が割と気に入っている。
いつもの通り、渋谷の方からこの坂を上っていくと、珍しく工事をしていて、坂を登り切った当たりで停滞してしまった。工事中でもなんでも、渋滞というのは気分が悪い。前後左右のクルマが入れ替わることがないので、クルマ好きとしてクルマを見て楽しむこともできない。工事中の真横だと作業風景を見ていて「なるほどな」なんて思ったりするけれど、工事現場はまだ先だからそれも叶わない。退屈な停滞する5分を迎る事にするか、と決めようとしたとき、ふと横を見ると、カップルがけんかをしていた。
けんかと言っても激しい言い合いというわけではなく、納得がいかない顔で手を何回もふりほどく彼女と、それでも手を引こうとする彼氏のやりとりが、僕が渋滞で止まる前から繰り返されていたようだった。けんかの中身はとにかくとして、場都合の悪い彼氏の困り顔が印象的だった。
「ああ言ったのに全然違うことしてるじゃん」なのか、「私のことだけ好きなんじゃなかったの」なのか。「私たち、付き合っているんだよね? はっきりしてよ」なのか(これはちょっと深刻かもしれない)。「今日はお酒飲まない、って言ったのに」(彼氏、飲ませたんだ…)、「ホントはカレーが良かったのに」(飲み物、食べ物系はなんだかあまり深刻な状況じゃなさそうですね)。工事がうるさいし、別に会話を盗み聴き仕様とは思わないので、別になんでも良いんだけれども。
程なくすると、工事の渋滞も収まって、信号もかみ合って、クルマが動き始めようとしていた。そのとき、横で止まっていたカップルも、坂を下り始めた。問題が解決したのだろう、また仲良く手を繋いで歩いていって締まった。きっと正解はこうだ。坂のぼってて足が痛くなった。さすがに足下まで見えたわけじゃないけれど、ヒールなんかだと足が痛くなるくらいの長い上り坂だな、なんてことを考えながら、僕も帰宅を急ぐのでした。
やっぱり雨が降り出した
月曜日は雨で始まった。僕はどちらかというとブルーマンデーという言葉には反対だ。ブルーかどうかなんて気持ちの持ちようだし、月曜日に気が紛れる何らかお楽しみを用意しておけばそれで済むことだ、と思うからだ。とはいえ、雨まで降り出すと、雨に打ち勝つお楽しみを用意するのはちょっと苦労する。よっぽど、雨だとか雲を望んでいたり、興味がある人を除いては、大抵面倒だな、と言う気分で月曜の雨は迎えられる。
実はトーキョーはまだ梅雨明けしていないのだ。今年は梅雨が短い、夏が猛暑だ、と言う予想をしていただけに、まだなの? と業を煮やしてしまうんだけれど、天気というのもカオスなものなので、まあ気象庁に文句を言ったところで結果が変わるわけではない。確かに梅雨前線がまだ北上しきっていないので「梅雨明けした」という宣言には至らないのだそうだ。それは分かるけれど、もう、ほぼ夏みたいな感じで過ごしているけれどもね。
そう思っていると、月曜日から雨降りになるからやっぱり梅雨の中なのだ、と言う意識に引き戻される。そこで頑張ってブルーにならないためには、雨の降り方を観察すると良いと思う。例えば今日の場合、朝から割と強く降り始めて、昼間は休憩。夕方ひと降りあって、夜遅くにまた一降りといった流れになった。この間を縫えば、意外と屋外で走ったりテニスをしたりすることが出来るし、かんかん照りよりは運動しやすい環境でもある。
最近ドキュメンタリー映画『不都合な真実』やBS hiの番組『スーパーストーム』なんかを見ていて気候への興味がもりもりと膨らんできていたり、元々気象には多少興味がある僕だからこそのブルーマンデー回避方法かもしれないけれど、昔はもっと多くのヒトが空を気にしながら生活をしていたはずだし、雨が必ずしも悪と言うこともなかったはずだ。「晴耕雨読」なんていう言葉もあるくらいだし。
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セミの登場
なんだか気候だとかトーキョーの中の自然の話が続くようだけれど、今朝はとても良く晴れ上がって、昨日の雨の後もヒトが活動し始める頃にはすっかり乾いてしまっていた。それと同時に、今朝からセミが鳴き始めた。夏っぽい澄んだ空になったからセミの鳴き声を求めて探しちゃった部分もあるけれど、割と元気よく鳴き始めていて、夏だ!という気分で1日がスタートした。けれどもまだ、梅雨明けしていないんですよね。
朝、家を出るときも、神宮外苑の並木道を通ったときにも、セミは鳴き始めていた。生活圏内がセミの鳴き声で満たされた初めての日が、今日だったんじゃないか。もちろん無意識に聞き流しているモノは除いたとして、である。うだるような暑さの中ではセミの鳴き声も暑さというか息苦しさを助長して勘弁して欲しいと思ってしまうが、夏の始まりのように鳴き始める瞬間は割と心地よいというか、さわやかなサウンドとして受け入れられる。
なんだかヒトというのも都合の良いものだ、と思うけれど、別にヒトに暑さを伝えるためにセミが鳴いているわけではない。もちろんパートナーを捕まえるために鳴いているのだ。セミの生態は地下生活が長いためにはっきりと追いかけることが難しく、ペットとして育てることもほぼ無理だ。日本では夏になると(今のところは)必ず鳴いているのでとても身近な昆虫ではあるけれど、ヒトとのつながりは鳴き声である音以外には乏しい。
僕はあまり昆虫を追いかける趣味もないし、昆虫は好きだけれど愛しているわけではないので、鳴き声程度のつながり以上のものを求めないので、まあいい距離感なのかもしれないけれど、身近にいるモノがよく分からない、というのもなんだか少し寂しい気がする。そんな寂しさもつゆ知らず、今年もセミが鳴き始めた。
小バエでヒトが踊るカフェ
打ち合わせで下北沢にあるカフェに行った。ちょっと階段を上がっていくと、右が雑貨屋、左がカフェという構成になっている可愛らしいお店だ(というとどこだかすぐ分かっちゃうかもしれないけれど)。店内は天井が高いコンクリートの打ちっ放しが見える空間で、入り口の階段や店内にある植物が心地よい空間を作り出しているように思う。まあ打ち合わせもスムーズに進んでいる中で、奥の席で不思議な動きをしているヒトがいた。
真剣に見ていないときから気にはなっていたんだけれど、奥の女の子は、友達と話しながらしきりに身振り手振りを繰り返しているように見える。日本人じゃないのかな、と思いつつ打ち合わせに集中していたら、彼女がそうしている理由が分かった。正確には、彼女がそうしている理由がこちらにもやってきた。小さなハエが店内を飛び回っていて、それを払おうとしている様子が、身振り手振りに見えたわけである。
単なるハエならば黒くて大きめの点がブーンと飛び回るので、身振り手振りではなくハエを払おうとしているのだとすぐ分かるが、この季節には珍しいというか、既に2サイクル目に入ったのだろうか、小さなハエが飛んでいるもんだから奥の席のこの小さな点を見つけることなんて出来ない。いくら小さくてもハエはハエだ。五月蠅いことには変わりない。僕らの席にやってきて回りをぶんぶん飛び回るもんだから、本能というか、そりゃ払おうとしますよね。
他人の様子が奇妙だと思っても、いざ自分が体験すると理由が分かるものだ。経験しないと分からないことばかりが世の中に溢れている。そんなことをこの小さなハエから再確認させられても仕方ないんだけれど、普段のハエみたいにすばしっこい割には小さいので、なかなか払うにもうまくいかない。しまいには目の前の水のグラスの内側に止まって、ハエは僕らの飛び交う手のなんから逃れたのである。
店員さんにグラスを変えてもらっているうちに、ハエはまた別の席の人たちにちょっかいを出し始める。ぼーっと眺めている店員さん、「ハエがグラスに、、、」と言った時の反応からすると、僕らがグラスの交換を催促するまでは、何が起きているのか分からなかったようだった。こうして僕らが店を後にするまで、店中のヒトが一定のタイミングで手をばたつかせる、ダンサブルなカフェの風景があったのでした。
祭り提灯にともった明かり
小学生が昼間近所を走り回っていると思ったら、もう夏休みに入っていたのだ。高校生ぐらいまでの生徒だったら、だいたい7月の最後の週あたりから夏休みに入る。しかしどうも大学生以降になるとそのあたりの感覚がなくなってくるし、社会人ともなるとゴールデンウィークの次の長い休みはお盆までない。長い休みといってもせいぜい1週間前後である。今週から夏休みに入った小学生の最初のお楽しみは商店街のお祭りだ。その準備で商店街に提灯がともるようになった。
トーキョーには江戸時代から続く伝統あるお祭りがたくさんある。しかしちょっとした都会の商店街のお祭りは、古くから伝わる伝統があるわけでもなければ、核となる神社があるわけでもない。それがとってつけたようだからというわけではないけれど、僕は小さい頃、お祭りに繰り出すのは好きじゃなかった。友達と練り歩いたり出店で飲み食いしたり、たぶん行けば行ったで楽しいだろうな、とは思っていたけれども。
何だろう、わざわざごみごみしたところに行きたくない、という事だったのか。確かに夏に狭い商店街に沢山のヒトが入ってきたら、いつもみたいに風は通らないし暑苦しいだけだ。焼きトウモロコシとかいか焼きは好物だけれども、そんなに沢山食べられるものでもない。金魚すくいも出来た試しはないし、杏飴はむしろ嫌いな部類に入る。そういう言い訳を聞いていると、お祭りの「雰囲気」を楽しむことに興味がなかった小さな頃の僕をよく表しているというか。
それでも、お祭りの準備をして提灯がぶら下がった、いつもと違う商店街の様子を見たり、火をおこしているお店の前を通ったり、浴衣の一団を見かけたりすると、なんだかすこしワクワクしたりもする。あれだけ祭りの雰囲気に興味がなかった僕ですらそうなのだから、お祭り好きが目の色を変えて浴衣を着込んで繰り出すのもなんだか妙に納得できる。今年は少しお祭りを歩いてみようと思う。その前に、選挙には行かないとね。
エアダクト下から愛を込めて
今日は暑かった。はっきり言って、この天気だったら梅雨明けだ、といってくれた方がせいせいするくらい。トーキョーではそれでも32℃で打ち止めになって、夕方にかけて雲が出てきているから、確かに夏っぽい天気ではないな、と納得させられるのだが、やはり32℃の暑さは応える。特に都会で風が通らない街中を歩いてくると、熱風でも風がありがたく感じられたりする。そんな移動中に通りかかるオアシスが、地下鉄の駅の中にほぼ必ずある。
地下鉄の駅の中は涼しい。もちろん日差しがないだけでも暑くならない効果はあるのだが、特にホームはきちんと空調が行き届いているので、暑い中を歩いてきた身としてはとてもありがたい。歩く距離にも寄るんだけれど、あまりに暑い中を長く歩いていると、回りの空気が涼しいだけではとても快適に息を整えるのは難しくなってくる。と、ホームに目を移すと、ヒトが何らかの感覚でぽつん、ぽつんと並んでいる様子に気がつく。
ドアの間隔よりはちょっと広くて、ドア口で電車を待つ人はまた別に並んで居るんだけれど、背広を縫い手暑そうにしているヒトほどその間隔で並んでいる。なんだろうとふと上を見上げると、エアダクトが。このエアダクトの場所の真下に入って涼んでいるのだ、ということが分かった。僕も他の人同様、暑くて仕方なかったので、このエアダクトの真下に入ってみる。これはなかなかすごい。涼しいというか気持ちよいというか。
扇風機の「強」みたいな勢いで、冷たい風が吹き下ろしてくるのだ。あまりの強風で、回りから見ると、その人だけが強烈に風に吹かれて服がばたついていて、ちょっと不自然というか恥ずかしいんだけれど、この際そんなことも行っていられない。電車を待つ5分間もここの下に入っていれば、すぐに涼しく平常時に戻ることが出来る。確かにそのエアダクトの都合で並ぶわけだ。
そしてエアダクトの真下でしかも電車のドア口とも一致するところは人気が高い。暑さを消すために涼んでいるれば電車がやきて、涼しい顔をして電車に乗り込めるのだから、一石二鳥とはこのことだ。ちなみに興味つけた一番のエアダクト・ポイントは都営地下鉄大江戸線の青山一丁目駅。中腹あたりにアイスクリームの自販機があるが、そこの脇の白いベンチの真ん中の席がお勧めだ。ゆったりとしたベンチに座ると、上から強い冷気が吹き下ろしてくる。もし機会があったら、試してみてください。
TAROSITE.NETは1997年にスタートした松村太郎のウェブサイトです。コラムやニュースクリップなどの情報発信と、様々なコラボレーションの場として、10周年を迎えました。
松 村 太 郎
TARO MATSUMURA
UPPERWESTSTUDIO
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員(訪問)
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