おサイフケータイで生活できるか?
2007.07.20 19:35 | by TARO MATSUMURA
COLUMN, OUTPUT | felica, keitai, keitaistandard, lifestyle
電子マネーへの興味
先週末、海外の研究者からおサイフケータイに関するインタビューを受けた。運が悪いことに東京はちょうど台風の直撃を受けて、せっかくの東京滞在を強い風雨が印象づけることになってしまって残念ではあったが、2時間半近くインタビューとディスカッションは大いに盛り上がった。まずはじめに興味と議論のきっかけになったのは僕が2004年末頃から実践しているおサイフレスの生活だった。2004年とは、ちょうどDoCoMoがおサイフケータイをリリースした頃である。
1つ、ここでの前提として、おサイフケータイが電子マネーやクレジットカードなどの決済システムを載せる媒体である、という点にフォーカスして話を進めていきたい。もちろん電子マネーもケータイに限らずプラスティックカードなどで利用できるし、おサイフケータイも決済手段に限らない利用方法があるが、インタビューもディスカッションも、決済手段としてのおサイフケータイという視点に沿って展開されたので。
さて電子マネーに関する僕の興味は高校生の時代、1998年にさかのぼる。当時から僕がよく遊んだり買い物をしていた渋谷で、VISA Cashの社会実験「渋谷スマートカードソサエティ」が展開されていて、電子マネーとのファーストコンタクトは500円の使い切り型の電子マネーカードをもらったときだった。とはいえ使い切り型でチャージは出来ない電子マネーは、あまり特別なモノではなかった。もともとJR東日本でIOカードや図書カードを使っていたので、プリペイドカードそのものと同じだ、理解してしまったためである。
2001年にEdyのサービスがスタートした際に、早速サンプルのカードをもらった。オートチャージなどの機能は付いていなかったが、何回でもそこに追加してチャージでき、どこかのショップブランドに限らない利用可能店舗の広がりを見て、「おサイフに現金を持たないで日常生活を送ることが出来るか?」という点に関心を持ち始めた。そのため早速にEdyを使い始めて、その利便性から「少額決済の世界から現金がなくなるかもしれない」という可能性を感じずにはいられなかった。
しかし当時も現在も、まだまだユニバーサルにEdyがどこでも使えるというわけではない。先行しているEdyですらそんな状況なのだから、電子マネーやそれを乗っけるおサイフケータイがユニバーサルな決済手段であるとは到底言えないのである。極端な話、Edyが使えないからといって、人々が街中で何も買わないで過ごすわけでもなければ、何か生活を変えるわけでもないだろう。しかし電子マネー普及の過渡期に、どのようにして人々が電子マネーを受け入れていくのかをいち早く知りたかった。
そこで、今まで通りの生活の中で、現金を使わないならどうなるか、という体験を通じて、テクノロジによるお金の変容を追いかけてみたくなったのだ。
これはおサイフケータイが「おサイフ」に取って代わったときのライフスタイルがどうなるか、普及が進む過程でのユーザーの行動や問題点がどうなるか、という観察としても実践してみたいことだった。そこで、2004年から現金が入ったおサイフを持ち歩かず、おさいふケータイとカードケースを持ち歩く生活に切り替えてみることからスタートした。ゆくゆくはカードケースの厚さも薄くなり(持ち歩くプラスティックカードの枚数が減っていき)、おサイフケータイの中にカードの機能が入っていくだろう、という仮定付きだ。
ここまでの結論から言えば、東京都内で暮らしている分には、それなりに「何とかなる」ということだ。現在までに特に頼ることになったのは、電子マネーではなくクレジットカードであった。これもゆくゆくは電子マネーにその役割を移していったり、クレジットカード自体がおサイフケータイの中に入っていくことになるとは思うけれど。
店舗や電子マネーブランドの選択
現金に頼らない生活をする、という実験の中で変化したことと言えば、店の選び方だった。東京都内でも、クレジットカードや電子マネーが利用できる店、利用できない店には差がある。買い物をする、しないという生活は変えない、しかし現金は使わない、と言う条件を付けた場合、当然ながらクレジットカードや電子マネーが使えるお店を選ぶようになる。当たり前の話ではあるが、今まで気にしたことがない選択を迫られることになった。
例えばコーヒーチェーンの場合。200円〜300円のコーヒーですら現金を使わないのか、と思われるかもしれないが、ここは徹底してみる。街中のスターバックスはクレジットカード決済が可能だが、タリーズやドトールではクレジット払いが出来ない。そこで現金を持ち歩かない場合、スターバックスを選ぶようになる。個人的にはスターバックスよりもタリーズのラテの方がおいしいと思ったりするのだが、一応実験なので仕方ない。しかしショッピングビルなど、エリアでクレジットカードや電子マネーに対応している場合は、その限りでないことにも気付いた。
もちろん徹底できないパターンもある。地元のスーパーに関しては全滅だった。ちょっと足を伸ばせば大手スーパーがあったのだが、行動範囲が変わる、ということで実験の中ではNG。野菜や牛乳などの食料品やトイレットペーパーといった日用品はカードや電子マネーで買い物をすることが出来ない。この場合は現金を持って行かなければならなかった。
また、電子マネーをチョイスするとき、どの電子マネーのブランドを持てば一番便利か、という点も考えなければならなかった。繰り返すようだが生活を変えない、と言う前提でおサイフレスの生活をするので、電子マネーブランドを選んで引っ越す、と言うことはナシにしておこう。実験が進み、2005年頃の段階で無理矢理に電子マネーを使うシチュエーションを作ろうとしたとき、電子マネーのブランド決定は生活エリア内での電子マネーの普及状況によるところが大きかった。
1つの要素はコンビニであった。コンビニは他の流通系に比べていち早く電子マネーを取り入れているお店だったし、僕も利用する頻度が高いためだ。2005年当時で、もし地元の駅前にam/pmがあればEdyを選ばなければならなかったし、もしファミリーマートが駅前にあったり、駅がJR線の駅だとすればSuicaを選ぶことになった。僕はJR線沿線に住んでいるわけではなかったが、ファミリーマートが駅前にあったので、Suicaを主たる電子マネーのブランドに選ぶことになる。
駅やオフィスに隣接する商業施設でどの電子マネーが利用可能か、といった生活圏内での電子マネー普及率が大きく関係していたのは、これは電子マネーが普及していく仮定でエリアが限られていたため、利用できる範囲が決められた地域通貨的な側面を表しているかもしれない。Edyの大学キャンパス内に普及させて学生への利便性を訴求したり、九州・沖縄での普及実験はまさにローカルなエリアに特化した普及のモデルを作った。
例えば慶應大学のSFCでは生協から学生食堂に至るまで、学生が日頃利用する店舗にEdyを導入している。ANAカードのマイルをポイントサービスとして組み合わせたことで、利便性とお得感を出して提案した。20分しかない短い昼休みに生協にいると、Edyを利用する際の例の音「シャリーン」がひっきりなしに鳴り響く様子はとても印象的だった。
またSuicaの駅ナカ戦略は、JR線を利用するときに必要なSuicaの強みを生かして、JRの駅というローカルな(しかし数珠繋ぎされている)エリアでの利便性を高める方向性を打ち出し、Edyがローカル性の中で提案していく様子と共通している。それもこれも、これまで電子マネーが、1つの店舗で1つの電子マネーの利用に起きていたローカル性だったのだろう。利用する店舗と電子マネー、持っている電子マネーと利用する店舗の排他的な選択性が強かった。電子マネーは換金できず、他の電子マネーのブランドで利用することも、合算して決済することも出来ないからだ。
しかし昨今は違う流れが出てきた。
Suicaにいち早く対応したファミリーマートもEdyが利用できるようになったし、Edyに真っ先に対応したam/pmでも東急電鉄と提携してPASMO/Suicaに対応するようになることが決まっている。端末側の対応によって、複数の電子マネーブランドに対応する動きはコンビニ以外の店舗にも広がっている。
ブランドのユニバーサル化が進み、おサイフケータイに電子マネーを納めることで、複数のブランドの電子マネーを持っていても財布が厚くなることはないし、レジで財布の中から注意深く利用できるICカードを選んで取り出すことなく、ケータイをかざすだけで済むようになってくると、電子マネー全体の利便性が高まってくる。
エリアや対応状況によるローカル性からの生じる選択から、電子マネーのユニバーサルな対応へと移行しつつあるのが現在だ。その流れの中で別の要素が、主として使う電子マネーのブランド決定に関係してくるだろう。それはポイントサービスなのか、さらに別の利便性やお得感なのか。
「ライフスタイルを変えないこと」から
2007年に入って、電子マネーが店舗側の対応やおサイフケータイへの対応でユニバーサルに使えるようになってきた。ではどの電子マネーを利用するかを考える際、何が決め手となってくるのだろうか。ここでキャッシュレス生活の実験を経験した僕が考えるポイントは、まずはいかにして現在の生活を変えずに導入できるか? だと考えている。
実験の中でなるべくライフスタイルを変えないように心がけていたが、店舗や電子マネーのブランドを自由に選べない時点ですでに新たな、しかも地域や店舗の対応による「選択」を迫られていた。しかし1つを選んで使い込むことで、現金で支払いをしているのと同じような生活を送ることが可能だった。それでも現金に出来て、電子マネーに出来ないことがまだある。
例えば数人で食事に行って、割り勘をする場合。現金であれば、お代を人数やちょっとした割合で計算して1人分の金額を出し、その分の現金を場に集めてまとめて支払いをする、と言ったことが可能だ。現金を持たない生活の場合、あるいは現金の持ち合わせがない場合もそうだけれど、少ない人数であれば自分がカード払いをして他の人から割り勘分をもらうことも出来る。しかし5人を超えて人数が増えてくると、決済額が大きくなって、なかなかそういうわけにも行かなくなってくる。
これはちょっと余談かもしれないが、お賽銭はどうするのだろう。ご縁がありますようにと賽銭箱に投げ入れる5円玉と、賽銭箱のようなEdy読み取り部に100円吸い取らせるのとでは、5円玉の方が御利益がありそうな気がする。よく噴水に「また来られますように」とコインを投げ入れたりするが、電子マネーのカードやおサイフケータイをジャボンと投げ入れるわけにはいかない。そう言う点で、新しいお金のカタチに関する感覚的な定着には時間がかかる。
数年間の実験の中で見つけた、僕が考える現金と電子マネーの最大の違いは、チャージだった。チャージに関しては、現金に出来て電子マネーに出来ないこと、ではなく、現金では必要なく電子マネーでは必要な動作ということになる。
特に2001年にEdyを利用する際、チャージをする機会が現金を使うコンビニの店頭以外ではなかなか見かけなかった。そのためか、コンビニでもチャージせずにそのまま現金で払ってしまうことが多くなってしまった。せっかく小銭に煩わされることがない電子マネーのEdyも、チャージが面倒であったために、あえてEdyで決済するインセンティブは特になかったのである。
Edyはケータイの上でANAのマイルと連携することでポイントサービスが受けられるようになったので、インセンティブになり得るが、ポイントサービスが受けられるとしても、おサイフケータイのEdyアプリからはポイントをチェックできないし、そもそもANAのマイレージカードを持っていなければ始まらない。いくらポイントがもらえても、ポイントを受けられるまでの面倒くささが、チャージに対する面倒臭さにプラスされてしまっていた。
Suicaカードのチャージは少し違っていた。Suicaにはもともと、電車に乗るためにチャージをしていたため、コンビニで電子マネーとして利用するためだけに敢えてチャージをすることはなかった。PASMOオートチャージやモバイルSuicaのアプリによるチャージも便利なのだが、どちらも対応するクレジットカードや銀行口座を用意したり、ケータイにアプリをダウンロードしたりするなど、簡単に使い始められるとは言い難い。そのため通常のSuica/PASMOカードが、チャージに関して言えば、最も簡単に、わざわざ感なく使い始められる電子マネーであると言える。
しかしながらセブンイレブンのnanacoが登場してからは、少し状況が違うようだ。
2007年7月17日付の日経新聞に掲載されていた電子マネーのデータによると、2007年4月23日に東京都内からスタートしたnanaco、既に380万枚を発行し、6月の月間利用件数はトップの3000万件に躍り出たそうだ。老舗とも言えるEdyはサービスを早くからスタートさせ、発行枚数も他サービスを凌駕する3100万枚、利用できる店舗も52000店、月間利用件数は月間1800万件を数える大きな勢力であるし、電子マネーという分野を開拓してきた先駆者としての提案性の高さとブランドもある。
しかし東京に住んでいると、Edyの強さは他の電子マネーの陰に隠れているように思える。Suica/PASMOはエリアこそ首都圏に限られるものの、合計2295万枚発行で月間1746万件と全国区のEdyの利用件数に迫る勢いだ。また特に注目すべきはnanacoで、7月11日は開始から80日間で発行400万枚を突破し、6月は月間3000万件利用まで延びている。利用できる店舗数はSuica/PASMOが約2万店、nanacoが約1万店であることを考えると、nanaco・Suica/PASMOのカード1枚ごとの利用率は、Edyを上回っていると考えられる。
Edyのポテンシャルは大きいが、Suica/PASMOはチャージの障壁が低く、結果的に決済の件数が延びている高まっているように見える。しかしEdyと同じスタイルのnanacoが持っている爆発力には目を見張る。これは一体何が作用しているのだろうか?
ITmediaの記事で神尾さんは、ボーナスポイントと、レシートや(ケータイの場合)同一アプリ上での残高とポイントサービスの分かりやすい表示を指摘している。多くの電子マネーやポイントサービスでは決済額に応じて一定の割合でポイントが付く。nanacoの場合も100円で1ポイントの割合だ。しかしキャンペーン中の商品は、20ポイント〜400ポイントのボーナスポイントが付与される(セブンーイレブン: ボーナスポイントキャンペーン)。例えば1リットルのミディペットボトルのドリンク199円を期間中にnanacoで買うと、20ポイント(21円分)のボーナスポイントが付く。
Edyがケータイのアプリの上でANAのマイレージ連携することでポイントを貯めていく一方で、nanacoは1つのアプリを入れるだけでセブンイレブンで利用できるポイントが自動的に貯まっていき、モノによっては高いポイントを得ることができる。ANAのマイレージ10000マイルがEdyの10000円分に交換できるが、nanacoは101ポイントで100円分に交換できる(1ポイントは手数料)。このあたりのわかりやすさ、利用しやすさが、ユーザー層を増やし、利用件数を伸ばし、この80日間の爆発力に繋がっているのだろうか。
ここで、先に述べた新しいお金のカタチに関わってくる。
貨幣で199円のドリンクを買うと199円払ってドリンクが手に入る。これは当たり前のことだ。しかしnanacoで買うと、199円分がnanacoのカードから引かれるが、nanacoでの買い物を続けていくとすれば、実質的には179円でドリンクを買うことができる。ユーザーからすれば、ただ単に20円分お得だった、というところだろうか。
しかしキャンペーン中ではない199円のお菓子を買った場合、貨幣でもnanacoでも199円には変わりない(nanacoには1ポイント付与されるけれども)。ドリンクを買う場合に限って、199円と199“nanaco”円では意味が違うことになる。購入する商品によって、“nanaco”円の場合、表記されている金額の意味が変わるということか。
ポイントサービスはnanacoに始まった話ではないが、日常的な少額決済で、細かいマーケティングとポイントサービスの上手い連携でメリットを感じられるパターンは初めてかもしれない。お金が「見えないお金」に変わることで価値を増やしてメリットが受けられる反面、ボーナスポイントによってダイレクトに買い物がコントロールされることにもなる。それも含めて「意味のある金額」という新しいお金のカタチが試されているのだろうか。
「見えないお金」へのエデュケーション
nanacoは身近な「見えないお金」を使うことへのメリットをアピールすることによって、利用者層をこれまで電子マネーを使ってこなかったユーザーにも押し広げ、また活発な決済件数の伸びを実現しているようだ。しかしそこには、これまでの広告に頼らず、ポイントというメリットによってダイレクトに消費を誘うマーケティングをも身近に呼び込んだことにもなる。「見えないお金」を利用するユーザーは消費が増やせる? 決してそんなことはないはずだ。そこには「見えないお金へのエデュケーション」が必要ではないか。
最近僕の地元の駅の目の前にあるファミリーマートに、EdyとiDが導入された。元々Suicaでの決済が可能だったので、レジにはSuica、Edy・iD共用の2台の非接触ID読み取り装置が置かれることになる。ちなみに2種類の決済が可能な端末が配置されるのは画期的なことだ。先日家電量販店に行ったら、Edy、Suica、iDの読み取り機がバラバラに設置されていて、とてもスマートとは言えないレジになってしまっていた。ちなみにNTT DoCoMoは2006年9月のリリースで、Edy、Suica、iD、QUICPayの4つの決済方法を1つの端末でこなす読み取り機を発表している。
各種端末の機能は似ている。先駆者であるEdyがそのスタンダードを作っているが、決済で引かれる金額が表示され、タッチするとそれぞれの電子マネーの決済音がして、残高が端末に表示される仕組みだ。読み取り部がレジ端末と一体型になっているコンビニのam/pmやセブンイレブンでも、画面表示は読み取り端末のそれと同様で、もらえるレシートに残高やポイントなどが印字される点も便利だ。
Edyが決済に音を付けた点は僕はとても評価している。お金を払うときに特に音がするわけではないが、共通の決済音を付けることで、キチンと決済されたかどうかが分かるだけでなく、オフィシャルに決済がなされた証明にもなっていると思うからだ。こどもにお使いを頼むとき、お母さんがお使いメモとEdyカードを渡して「これでシャリーンしてきて」なんて伝えれば、「見えないお金」を扱う場合でも分かりやすい。
前回の「現金で出来て電子マネーで出来ないこと」シリーズになりそうだが、お使いを頼んだこどもにどうやってお駄賃をどうやってあげればいいだろう。今ある手段で考えると、Edyをケータイで使う場合は簡単かもしれない。こどもが持つおサイフケータイに、親のおサイフケータイからEdyギフトでおつかい分のお金を入金しておく。キチンとお使いを済ませてきたら、またEdyギフトでお駄賃をあげればいいし、お使い分のお金と共に予めお駄賃を入れておいても良いかもしれない。
「見えないお金」をエデュケーションする媒体としてさらに秀逸だと思われるのがDoCoMoが提供するDCMX miniとiDの組み合わせである。
「見えないお金」をエデュケーショナリングするiD
プリペイドではない「見えないお金」とも言えるクレジットカードとiDの組み合わせの場合は、自分でセーブしなければ際限なく使えてしまう。しかもDCMX miniはFOMAのおサイフケータイでi-modeを利用している中学生以上のユーザーが対象。1万円までと言う制限付きではあるが、お小遣い以上にiDで決済してしまう可能性が大いにあるのだ。
ちなみに1ヶ月1万円未満という制限は、こどもにとってみれば充分大きな金額かもしれないが、クレジットカードからすれば赤字ビジネスであるそうだ。しかしケータイなどの通信の会社は、10円の通話料を取りながらビジネスをしてきた業種。DoCoMoがカード発行主になることで、少額課金のクレジットカードもビジネスモデルに載せられるという算段があり、だからこそ12歳以上のユーザーを1万円未満という限度額でiDの決済に巻き込むことが出来ていると言える。
iD利用者の低年齢化を進めるために気を遣っているのか、iDの決済端末は他の電子マネーの端末とは違っている。
プリペイド型ではなく後から請求されるクレジットカードのスタイルで利用するiDは、「残高」という概念がない(もちろん限度額はあるけれども)。そのため、決済端末をよく見ると、上段は決済金額で他の端末と同様だが、下段の数字は「当日利用額」になっているのだ。この表示は、これまでのクレジットカードの決済レシートにもないものだ。
この表示は、いくら使ったか分からなくて請求の時に大きな金額に、、、というクレジットカードが危険だとする人たちのストーリーを、1日1日の消費の場において防げるようになるモノではないだろうか。もちろん多くのクレジットカードは、ウェブサイトで明細を確認することが出来るし、ケータイから利用できる多くの電子マネーでもアプリから決済履歴を呼び出すことが出来る。
しかしiDの端末は、支払うその場で当日使った金額が分かるのだ。これは、ウェブやアプリで後から確認できることとは違うはずだ。お金が財布の中で見えなくなり、数字で動くようになったからこそ、自己管理を促す端末を導入している。DCMX mini + iDからクレジット払いに入門するワカモノの方が、「見えないお金」の扱いは上手くなりそうじゃないですか?
nanacoのように顧客を囲い込んでいくために、ボーナスポイントなどのインセンティブを付けながら電子マネーに慣れてもらうのが現在だ。しかしDCMX miniとiDの組み合わせが低年齢層にも広がるようになると、前払い型や後払い型に限らず「見えないお金」を扱うことが当たり前になり、僕の実験のように無理矢理ではなく、自然に現金に触れず便利な生活を送る世の中が訪れることになることは容易に想像できる。
その「見えないお金」を扱う媒体としてもっとも有力視できるのがケータイである。いまはおサイフケータイという呼ばれ方をしているが、近々「ケータイがおサイフ」として当たり前になる将来が訪れるだろう。そうするためにも、「見えないお金」は現在の紙幣・硬貨などの「見えるお金」で可能なことを余すことなく実現する必要があり、そのスムーズな移行の上に新たな価値を提供する必要がある。
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