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Twitter授業でのつぶやきとうなずきのシェア - Smart Mobs的な何らかへ

2007.07.05 14:54 JST - ( )

 Twitterを利用した授業のフォロー。僕はやはり今回の取り組みの中で目立っていたのは、Twitterによる目の前の授業に対する「つぶやき」と、授業やつぶやきに対する「うなずき」が、教室という場に居るヒト、あるいは教室にいなかったヒトの間で共有されたのだろう、と考えている。まずは、図らずも授業に参加してしまったかとうさんからのメールをご紹介。

個人的に外部からアクセスした感想としては、小檜山先生の講演自体はトラックできてないので、多分に「野次馬感」があり、かつ話の本筋がわかんないので、 想像力任せの「連想ゲーム感」がありました。

 確かに、授業そのものをキチンとTwitter上でキャストしていたわけではなかった。授業を聞く人は教室内にいる、と言う前提だったので。しかしながらTwitterと授業と、両方への集中が難しい、と言う話もフィードバックとしてあったので、Twitter上にはキチンと授業そのもので今展開されている話題をフォローするログパンチャーを入れる必要がある。議論のモデレーターとは別に。

 ここで1つ、考えることとして、Twitter上で展開されている議論の意味づけである。

 1つはシェアされている内容が明示される、というフィードバックだ。これはへぇボタンだとか、ニコニコ動画、ぐふふ動画といった単純なフィードバックによるものでも良いのかもしれない。Yes / No、Good / Badという2択でも良いし、講演者は聴衆の反応でこれを察知しながら話を進めていくのだろう。普段はPCの画面に向かっていて無反応にも見えるけれど、そこから脱却しただけでも良い、と言う見方もある。

 しかしそれだけだとちょっとミライがないというか。


 そこで学生の書き込みに、フィードバック以外の意味がある、とした場合はどうだろう。これをやるためには、学生側の慣れの問題、と一昨日のエントリーでは書いておいたけれど、分解してみると、ネット的なテキストとタイムラインを合わせ持つツールの上でのコミュニケーションのスキルと、おそらくテーマへの強い興味が必要なのではないか。

 Twitterを使った授業による生成物として、フィードバック以外では、その場でなんらかの新しい答えや説、見解みたいなものが生まれてくる事が考えられる。今までは、そこに編集が必要だった(そして多くのCGMは未だにこの編集に対して問題を抱えていると思う)。センスある編集者が、Twitter上の議論を取りまとめて、なんらかのアウトプットを作ることが必要だろうか。

 ここで再び、「参加者には慣れが必要」というフィードバックを思い出してみる。ネット的テキストコミュニケーション、テーマへの興味、としていた「慣れ」の内容には、アウトプットを求めるとき、「初期の参加方法の、参照できるモデル」が必要になるのではないか。つまり、参加の仕方のスタイルであり、アウトプットへ議論を収束させていくという流儀のようなものである。

 ここまで求めてしまうと、授業中ただ座っているだけではすまされないし、スタイルをなぞりながら自分が考えつつその議論に参加する? そうとう学生側の対応がスマートでなければならないかもしれない。その初期の参加モデルや、アウトプットへ収束させる(必要がないかもしれないけれど)方法のようなモノを、もう少し色々トライして作ってみようかと思う。

 さて、かとうさんからのメールでもうひとこと。

後はあれだ議論するって本来あんまりTwitter的じゃないから、(今までの僕の使い方では)そういうところも新鮮だったかな。Twitterに1週間に1辺くらい神が降臨してきて、おまえらこの話題についてメッセージ求むみないなことがあったら、それはそれで面白いのかも知れないなあと思ったり。

 こういうトライによって、もう少し手法が進んでいくのかな、とも思った。

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