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あこがれの人、その人とのセッション
by TARO MATSUMURA - 2007.12.26 13:10
清水ミチコさんの20周年を記念する深夜番組を見てしまった。
清水ミチコさんは、「テレビに出ているとつい見てしまう」(細野晴臣さんのコメント)にとても共感できてしまうような、「なんか見ちゃう」オーラを持っている人だなあと思って、単なるモノマネ芸人としてではない魅力を感じている人だった。
番組の中で、彼女が最も憧れている矢野顕子さんとトークをし、ピアノ2台でセッションをしている様子がとても印象的だった。セッションが終わった後に「鏡を見てやってるみたい」と矢野さんのひとこと。
「あこがれの人」っていますか?
清水ミチコさんもそうだったけれど、目の前にした瞬間、感動して涙が出ちゃうような存在。以前から人生の師匠を見つけるべきだ、と書いてきたけれど、確かに師匠として尊敬する部分もありながら、それだけではない存在。それが「あこがれの人」なのだと思う。
「あこがれの人っていますか?」そう聞くと結構答えに困ってしまうことが多いのは、「師匠っていますか?」と聞いて答えに詰まるのと同じことかも知れない。なかなか、意識して憧れているだとか、師匠だと思っているとか、そうやって生活するのも難しいのかも知れない。
けれども、やっぱりあこがれの人みたいになりたいだとか、その人に近づきたい、あわよくば会いたい、一緒に仕事がしたい、そう思いながら一生懸命何かに取り組むというのは、なかなか良い状態、ステキな状態なんじゃないか、と思うのだ。
清水ミチコさんの番組の中で行われたセッションは、まさにそういう願いが叶った瞬間であって、そこまで20年かかっているんだな、と彼女の強い思いみたいなものが感じられた瞬間でもあった。けれども自然というか、ゆるいというか、そういう雰囲気も併せ持っているあたりが魅力なんだろう。
別に1人に完全に憧れる必要はなくて、色々な人の色々な部分に憧れても良いんじゃないかと思うんだけれど、あんまり浮気をしないで1つに絞りながら取り組んだ方が良いのかも知れない。いずれにしても大切なのは、単なる模倣ではなく、エッセンスとして採り入れながら、自分というものを消化させていくことなんだろう。
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