タイトルの「空見」は「そらみ」という訓読みで使おうと思ったんだけれど、辞書によると「くうけん」という仏語で、空に執着した考えのことだそうだ。偶然であった言葉とはいえ、ちょうどよいので採用。
今年は「ゲリラ豪雨」という言葉が市民権を得ることになった夏だった。
この言葉、僕の記憶なら初出はウェザーニューズのメールサービスだったと記憶している。突然降る豪雨のことで間違いないだろう。なるほど言い得て妙と思っていたけれど、いつの間にかニュースで使われ、しまいにはNHKのクローズアップ現代でも取り上げられた表現になった。ネガティブな意味での流行語として残りそうである。
余談になるけれど、広告代理店の方に先日お話を伺ったところ、媒体取りで今一番苦労しているのが山手線のドア上の画面だという。都市生活をしている人にとって、この枠はとても影響力があり、最も効果的じゃないか、とされているそうだ。
そこでピンときた。
そういえばウェザーニューズはこの枠でスポンサーとともにエリア天気予報を提供していたじゃないか。そのコメントで「ゲリラ豪雨」という言葉が頻発したため、これだけ言葉が広まったのかもしれない。
しかし「ゲリラ豪雨」は単なる流行りだったり一人歩きしている言葉ではなく、割と自分たちの生活に影響を及ぼすレベルにまで発達している現象と言ってもいい。今日も四ッ谷を通りかかったときに滝のような雨に遭遇して、丸ノ内線のドアが開いた瞬間、ドア近くに立っていてちょっとびしょっと水がかかってきた。8月28日の夜は、日光などで120mm/h以上の雨があったと見られる、などの観測データもあり、また東海道線沿線も大雨でダイヤが不安定な状態が続く。
今日は雨が降るだろうと予測されていたけれど、傘を持たずに出かけてしまった。どうせ降り始めたら役に立たないくらいめちゃくちゃになるんだったら、邪魔だしいいや、という感覚が功を奏した格好である。なんだか、半ば雨の中活動するのを放棄したような感覚が、ちょっと都市生活者っぽくない気もしているんだけれども。
カトウさんが以前、天気に対して興味を持つことは大切かもしれない、という話をしていた。しかしこのゲリラ豪雨を相手にするなら、自分の五感をフルに働かせて空と対話する必要があると思う。
目視できる積乱雲、遠くで聞こえる雷鳴、ガストフロントの余波でひやっとした風を感じたり、さすがに味覚は関係ないかもしれないけれど、これらの情報と経験を頼りに、自分が今いる場所が10分後、良い天候になるか、悪い天候になるかくらいの判断はつくはずである。
ウェザーニューズのケータイサービスは、写メールをウェザーニューズに送ってもらい、それを直径10km程度、単一セルなら1時間以内に寿命を迎える積乱雲の活動解析とユーザーへの情報提供に役立てるサービスを2008年に導入している。以前から「雨プロジェクト」としてユーザーに雨を観測してもらう試みを行ってきたウェザーニューズの第8弾の企画ということになるが、これはとてもいい試みだと思う。
もちろん狭いエリアの気象の解析にとても有効な情報収集手段として使えるという、ウェザーニューズ側のメリットも大きい。しかしユーザーは、先ほどあげたような、積乱雲をはじめとする空との対話を始めることによって、結果的には気象災害から自分の身を守ることにならないだろうか。
もちろん空を眺めているだけでは気象現象すべてがわかるわけではなく、レーダーや高層気象観測やスーパーコンピューターによる計算も予報に役立っている。しかし暴れる気象を単なる恐怖として見るのではなく、その恐怖に興味を持つことも必要ではないだろうか。
穏やかな空を見上げることがきっかけになるなら、ぜひとも空を見上げるべきだと思うのだ。
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松 村 太 郎
TARO MATSUMURA
UPPERWESTSTUDIO
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員(訪問)
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