COLUMN | netnomad | sociallearning
フィールドノートの習慣
by TARO MATSUMURA - 2008.12.13 11:04
フィールドノートの習慣は大切だと思っている。中学時代の理科の課題で科せられていたフィールドノートは、植物や生物、気象など、自然の営みをスケッチするという定常的な宿題だった。当時はあまりまじめじゃなかったけど。
フィールドノートについては、以前も書いたかもしれない。とにかく自分が気になったモノをフィールドから採取してスケッチするのがフィールドノートだ。僕は昆虫と気象現象ばっかりスケッチしていたけれど、たぶん他の人は草花や果実なんかをやっている人もいたし、いろいろだったと思う。
これが定常的な課題で、先生が「いつ集めるよ」と言ってくれたり、あまり回収がないとそろそろ抜き打ち的に集められるかも、という空気感があったりした。回収が近くなると、あまりはかどっていない人は、血眼で何か観察対象はないか、と探す。以前のノートに追記していくので、過去と被ると都合が悪い。僕も血眼で探す部類だった。
この「血眼で探す」習慣というのがなかなか良かった。当時は大変だったんだけれど、探してみると見つかるモノだ。別に全ての情報を拾う必要はないけれど、いかに今まで情報を捨てていたか、ということを何となく勘づいていく習慣でもあったのだ。
フィールドノートは、自分が必死になって探したフィールドにある宝物のアーカイヴみたいな存在だし、鮮明でなくても明確に記憶に刻まれている情報だし、必要であれば今でも取ってあるフィールドノートをひっくり返せば当時の情報、気づきの宝物を確認することができる。もっとちゃんとやっておけば良かったなあ、と今思っても遅いんだけど。
そういう意味でいわゆるネット的、UGC的なライフログはこの類の情報になっていくはずだという話は割と何度もしているけれど、やっぱり今って便利な世の中だ。
スケッチが面倒ならデジカメやケータイで写真を撮ればいいし、中学生当時、カエルの飛び方をどう表現すればよいか本気で悩んだけど、今はムービーを撮ればいい。ちなみにカエルは、フィールドノートを何ページも使ったぱらぱら漫画を作ろうとして、当然のように企画倒れした経験がある。
ネット上にフィールドノートを記述するようになってから、やはり検索ができるようになった点は大きな違いだ。GoogleでもBlogの検索機能でもいいから、キーワードの断片を入れれば、過去の記事からリストがあがってくるのである。そしてもう1つの新たな効能があった。
先日Six Apart KKの5周年パーティーに行ってきたのだが、5年間お互いにBlogの記事を読んでいた方と出会うことができた。これって、やっぱり久々に経験した『不思議な感覚』だったのだ。知らないのに知っている。何をしているか知っている人。けれども5年間たたないと、この経験ができないのか? というところで、ネット上のフィールドノートの良さにたどり着けないことも多い。
先日、モディファイの小川浩さんの対談連載企画「ネットショッキング」にお邪魔してきた。小川さんとはもう5年目だったことが発覚したり、何となくBlogが間を取り持ってくれた関係だったことが、懐かしくもあっという間の出来事だったんだけれど、そこでこのフィールドノートの効能に近いことを喋っていた。
松村氏
ブログに限らず、ミニブログとか写真共有サイトとか、ソーシャルブックマークなどもなんですけど、うまく使っている人はネット上に自分の行動履歴がたまり始めていますよね。ブログとか、SNSとかをみていけば、その人の引き出しが分かるというか。例えば会社勤めの人は、いろいろ差し障りがあって仕事に関することはかけないから、本業と違うことを書かないとならない人が多い。ブログは充実するんだけど、仕事には生かせないという、ある意味かわいそうな人が多くなってきた感じがありますね。
・小川浩のネットショッキング: 「使うことに短絡的な意味を持たせたTwitter、ケータイをよく学んでできたiPhone」、松村氏小川氏
まあ、僕なんかはわりとブログとビジネスが一致している方だから楽ですね。松村氏
だから自分のアイデンティティとつながる、認められるような視点が必要かと思います。SNSは人間関係を記述していますし、その結果できていくライフログをどう活用するかを考えないとならない時期かなと。ブログを書き続けて10年してから過去を振り返るのもいいですけど、ブログに短期的な意味合いを持たせることが足りてないんですよね。仕事に生かすための担保ができないから続けられない、という人も多くなってきた気もしています。小川氏
確かに。松村氏
そこを補完したのが、Twitterかなと思います。ショートメッセージだけの投稿なんですけどね。小川氏
何の意味があるのかなと最初は思いましたよね。松村氏
書くことに短期的な意味を持たせることに、実は成功しているんですよね、Twitterは。例えば、自分はあまり中野にはいかないんですけど、昼においしい店がないかとモバイルでTwitterに書き込んだら、返答があったんです。これって人力検索かな、と。ほかにも、京浜急行が沿線の火災で事故になったことがあって、車内で困っているとTwiiterに写真付きで情報があったりしたわけです。いきたいイベントにいけなくても、誰かが実況中継してくれたりします。Twitterに代表されるミニブログのおかげで、ブログと人間の関係がより細かくなってきたと思います。単位が細かくなったので良さが分かるようになった、といっていいですね。
「書くことに短期的な意味を持たせることに、実は成功しているのですよね、Twitterは。」という部分は、とても励みになると思う。
もちろんTwitterにはマッシュアップしやすいライフストリーミングという点でも新しい要素はあるけれど、僕がTwitterをやるべき、と思う最大のポイントは、ちょっと書き始めれば、すぐに意味が出てくる点だと思う。即効性があるというか。そしてフィールドノートにはなかった、人と自分で同じ時間を過ごしている時の視点の違いをライブに感じられる所も良い。
つまるところ、あまりに忙しくてTwitterに3日間アクセスできなかった点に、もったいなさを感じているわけです。しばらく離れると、あのサービスの面白さを再び認識できるというか。
Related Article
Trackback
- URL:
http://upwest.org/mt/mt-tb.cgi/9600