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gooに明治期の東京地図

by TARO MATSUMURA - 2009.01.21 18:23

 goo地図に、明治期の山手線周辺の地図が追加された。旧・東京15区内に住んでいると、江戸・明治期からの年の様相を感じながらの楽しい日常が送れるが、この地図はとてもいい資料になるのではないか、と思う。.

Tokyo Map in 1900

 ひとまず、日本橋周辺の明治期の地図を表示してみた。江戸橋の近くに「堀留町」という地名があるけれど、まさにお堀がその場所で止まっていたから堀留だったし、その脇の小舟町も確かに船の発着場として活用できる風景が目に浮かぶ。

 確か右に挙げた越沢明さんの本だっただろうか、「江戸は水の都だった」という話があったが、この明治の江戸時代からさほど変わっていない地図を見ると、皇居の東側エリアは水運が有効なほど水路が張り巡らされていたことに気づかされる。そして首都高速や現在の自動車交通を補助するような太い道路は、この水路を埋め立てて、もしくは立体化して作られていることもよくわかる。

 ついでに。しびれるのは昭和通り。昭和22年の衛星写真を見ると、両サイドに1列ずつ、そして中央にも2列の街路樹が規則正しく植えられた、いわゆる公園街路だったことが確認できる。現在は首都高速1号線が上空を通り、中央付近は連続立体交差が続き、上野から新橋までVICSで渋滞表示が出ていてもすいすい通り抜けられる路になった。

 水路や公園街路などは、江戸時代の風景や関東大震災後の帝都復興計画の遺産となるはずが、その遺産をつぶして現在の東京ができあがっている、という越沢さんの言葉に素直にうなずくことができる資料ではないか、と思う。もうちょっと、時間があるときに探検したいと思っているし、日本橋界隈のいわゆる「ブラタモリ」をやってみたいものです。

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