COLUMN | sociallearning

学習・生活の記録をデジタルで記述する - キャスタリア

by TARO MATSUMURA - 2009.02.16 08:09

 みらいログ・ワークショップのフォローアップエントリー。続いては、キャスタリアのfusenについて。手前味噌とはいえ、ライフログ、ライフストリーミングのサービスを作りたかった僕としては、ここに並ぶサービスが出来てうれしい限り。

 ライフログという観点から、fusenについてコメントしておきたい。

 fusenは、まさに付箋などを用いて学習する感覚をデジタル化したモノだ。本やプリントなどで勉強するときにアノテーションとして付加する付箋のコンテクストを、デジタル時代の学習に生かすにはどうしたらよいか、そういうアイディアがスタート地点になる。

 このfusenには、学習者本人と、fusenがつけられたコンテンツの2つにマイクロコンテンツを残すことになる。

 まず学習者本人にとっては、オンラインビデオでの学びを記録し、いつでも振り替えれる状態にするインデックスである。これは本の付箋がそうであるように、気になった箇所を閲覧可能にするために利用できる。ただ、これまでの付箋では「検索」が出来なかった。fusenなら、キーワードやタグから探すことが出来るため、学習の効率化にもつながる。

 そしてfusenがつけられたコンテンツは、誰がそのコンテンツを視聴しているか、という人の関わりが残るようになる。図書館の本の図書カードのような感覚だろうか。そしてそのコンテンツに眠っていた気づきを、学習というコンテクストの上での意味解析を学習者が行うことによって表出させ、共有・検索可能にする。

 次にコンテンツを見る人は、全部を見なくてもエッセンスを学び取れるようになる。これは、図書館の本では迷惑であったコンテンツそのものへの書き込みやアノテーションを、ポジティブに、コンテンツへの知の蓄積として扱っていこう、というアイディアである。

 また学習者は、視聴やfusenの履歴を手にすることが出来、これは学びのライフログとして扱うことが出来る。ネット上での活動が増えるにつれて、知識習得活動もネット上に移行していく事が予想されるが、ネット上での「単位」のようなものが、視聴やfusenの履歴によって構成されるようになる。

 このように、自分の中でもどちらかというとfusenは、主となるコンテンツに対して従マイクロコンテンツを生成することで、学習や学びの活動を行おう、という方向性があったが、他のサービスと並べてみると、実はコンテンツや学習者に対する『蓄積』の方が大切な事に気づくのだ。

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