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デジタルネイティブとして、考えるべき事

by TARO MATSUMURA - 2009.06.03 10:42

 今週の前半は、梅田望夫さんのITmediaの記事の話題で持ちきりだ。

 興味のある方は、岡田さんによるインタビュー記事へのリンクを右に載せておいたのでご覧ください。梅田さんは今回もナイス・プロジェクション! 賛成、反論などが一気に爆発して、日本のウェブについてみんな考えるきっかけになったのではないだろうか。

 全然時間がなくてすぐに反応できなかったので、記事そのものについては触れませんが、じゃあ、この記事を受けて、どう行動するか、と言う点を考えておきたいと思う。

 梅田さんの前編の記事のタイトルでもある「日本のWebは残念だ」という点は議論を呼んだところだ。そう思う、そうじゃない、ではなぜか? たくさんのTwitterの書き込みも見らていたけれど、基本的に僕はどちらとも言えない、と言う立場を取りたいと思う。

 というのは、きっと梅田さんから見たら残念だと思うだろうけれど、僕らの世代から見たら残念ではない、と思っているからで、どちらにも理由があるからだ。

 まず、梅田さんはやっぱり感覚としてアメリカ人で、ウェブの本場から見ると残念すぎる状況になっていることは間違いないからだ。梅田さんが残念に思う理由は記事の通りだ。中川淳一郎さんの新書「ウェブはバカと暇人のもの」に触れているけれど、言い得て妙。

 僕はこのことを、GREEの一番最初のテレビCMで感じた。「金はない、ヒマはある」というコピーだったと思う。

 GREEという会社は友人も多く、ウェブカルチャーに関してセンスのいい人達が揃っていると認識し、業績もそれを説明している。GREEがあのコピーをチョイスしたというのは、ショックだった。同時に、GREEの大衆化のプロセスにはあのコピーが必要だった、と思うようにしている。

 GREEの2006年以降の主戦場はモバイルで、mixiなんかを見てもPCのページビューの2倍をモバイルが稼いでいるあたりを見ると、日本のウェブの中心はモバイルであって、日本のウェブはバカと暇人のモノ、という認識とコピーが一致しているわけだ。そりゃ、僕だって「残念」と思わざるを得ない。

 一方で、同世代の友人達に聞くと、梅田さんがずっと指摘し続けている「ウェブが個人をエンパワーメントする存在、場になっているか」という問いかけにYESと答える人が多い。

 個人で働いている人や、個人で企業をやっている人たちは、非常に自由に、心豊かに、良いクリエイティビティを保ちながら生活をしている。ウェブのおかげだ、と口を揃える。僕も、非常にエンパワーメントされている感覚があるし、ヒマだからウェブにどっぷりと浸かっているわけではないのだ。

 両方の話に触れると、ここに断絶があることに、より強く気づかされる。ツールではなく接し方の点でのデジタル・デバイドかもしれないし、使い方の流儀や認識の仕方によるカルチャーの違いかもしれない。いわゆる、デジタル・ネイティブかどうか、という話なのかもしれない。もしくは、世代間ギャップと言えるかもしれない。

 ここまで考えてきて、強い危機感を感じるのは、ウェブやモバイルに頼って生きていこうとする世代にとって、現在のウェブやモバイルの「ヒマとバカのモノ」という位置づけによるサービスやビジネス展開は、非常に迷惑だ、という点なのだ。

 GREEは1000万人のユーザーを獲得したかもしれない。テンプレートモデルによるビジネスモデルの展開は鮮やかだし、mixiアプリが出てくれば、さらに先行者と課金モデルによる優位性は光るかもしれない。田中社長に話を聞けば、2000万人、3000万人が使うサービスにしたいという。そんな規模の人数が使う場が「ヒマとバカのモノ」のままでいいのだろうか。

 GREEに限らず、日本のウェブや、特にモバイルは、いかにして個人やビジネスをエンパワーメントする存在か、と捉え直す必要がある。そこで何が必要か、と言う点を考えていきたいが、1つはやはり教育や学習のデジタル化と、ウェブやモバイルに対する深い理解を生むことではないだろうか。決してバーチャルで完結するモノではなく、いかにリアルに効果的かという体験を生むか。

 もう少し考える必要がある。

ITmedia: 日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く(前編)
――最近梅田さんは、日本のネットについてあまり語っていらっしゃいません。新刊を読んでいると、「日本のインターネットはGoogleのようにはなれないから、今度は日本の将棋に期待する」と思われているような印象を受けました。

ITmedia: Web、はてな、将棋への思い 梅田望夫さんに聞く(後編)
――インターネットの可能性は上から下まで開かれているところにあると思います。梅田さんの著書を読んでいると、例えば、最新刊「シリコンバレーから将棋を観る」の前書きにも、将棋を愛する人物の例として、医者や会社社長など肩書きのある“ハイソ”な人ばかり出てきて、「頭のいい人はすばらしい、頭のいい人は分かっているよね」とおっしゃっている印象を持ちます。

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