TAROSITE.NET: COLUMN
5th 9.11 「WTCには3日前に登ったよ」
by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2006.09.11 22:02

Empty, 2002.02.27 by taromatsumura
日本時間9月11日22時02分。5年前に目に焼き付いた映像は、今でもプレイバックしてくるほど、強力に印象に残っている。
家に帰ってきて、おもむろにテレビの10チャンネルを付けてニュースを見ていた。と、急に中継映像に切り替わった。すでに片方のタワーから煙が出ていて、すぐにもう1本のタワーに飛行機がつっこんでいく。この様子が世界中に中継される様子もまた、計画通りだったのだろうか。
僕がこの事件を少なくとも他人事だとは思えないのは、ちょうど9.11の事件が起きたときに家族がニューヨークにいたからだった。真っ先に電話をした。まだ遅めの朝食を食べていると話をしていた。急いでCNNをつけて!
それで何が起きているか理解したようで、改めて「無事だ」と知らせてくれた。こんな遠い関わり方でも、毎回9.11の映像は背筋が凍るような思いがするのは、「無事だ」に続く言葉のせいだった。
「WTCには3日前に登ったよ」
それから家族は1ヶ月以上、日本に戻ってこられなくなった。飛行機が取れなくなったからだ。秋も深まり始める頃にやっと日本に帰ってきた。そのとき祖母は「日本のものを食べたい」と言い、僕は祖母と一緒に築地の寿司屋に行った。とにかく慣れない土地で恐ろしい事件にも遭って、とてつもないストレスがあったんじゃないかと思う。
江戸っ子の祖母は、寿司屋で寿司を食べ、「天ぷらも食べたい」と注文した。寿司屋に来ているのに、そこで天ぷらを食べる祖母の姿はとても粋なモノを感じたけれど、それが共にした最後の晩餐になった。
冒頭の写真は、9.11以降のグラウンド・ゼロだ。2002年2月27日の写真だ。なんどもなんども雨が降ったり、雪も降ったんじゃないだろうか。そんな寒いニューヨークの冬の終わりでも、グラウンド・ゼロの周りに行くと、街全体を乾いたホコリ臭さが覆っているのには驚いた。しばらく待ちにこびりついて離れない臭いだったのだろう。
マンハッタン島のグラウンド・ゼロとは反対側の港でピンク色のチケットをもらうと、グラウンド・ゼロを眺める展望台に入ることが出来た。そこにはがれきが降り積もっていて、周りの建物が爆風のようなものでガラスが吹き飛んでいた。ホコリをかぶったすすけた風景の中に、それらの建物が手つかずの状態で残っていた。鉄骨でかたどられたがれきの十字架が浮かび、懸命の救出作業をした消防士のブロンズが鉄骨に腰を下ろしていた。
2006年7月にも、再び同じ場所を訪ねた。今年になると、ホコリ臭さはさすがに洗い流されたようだ。4年前にピンクのチケットをもらって入ったエリアの手前に金網のフェンスが出来、そこに分刻みでグラウンド・ゼロに起きた出来事が掲げられた看板が並ぶ。その脇にはPath(ローカルトレイン)と地下鉄の駅へと通じる地下通路が出来ている。その地下通路に降りても、網越しにグラウンド・ゼロのえぐれた基礎部分を見ることも出来る。
がれきの片付けも終わっていて、いよいよ新しい計画のビルを造り始めようというところだろうか。周りのビルも修復されて、そこにタワー2本がないこと以外は、また街が前向きに動き出そうとしているようにも感じられる。
決して9.11を1つの独立した出来事として見るべきではないし、その後一連の戦争にも言いたいことはある。けれどもこの場所が持っている悲痛な何かは消えないし、大好きなマンハッタンの一面に刻まれた一瞬は、とても悲しい出来事だと思っている。
マンハッタンを訪れると、決まってグラウンド・ゼロに足を運ぶようにしている。別に何をするわけでもなく、1時間くらい。それで日本に帰ってきてから、天ぷらが食べたくなる。そろそろホコリの臭いにどきっとするのも、直さなければならないクセかもしれない。
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