TAROSITE.NET: COLUMN
カメラ付きケータイマナーCM
by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2003.12.14 10:26
DoCoMoがカメラ付きケータイのマナーについて、新しいコマーシャルを流し始めた。
まず女学生たちがこれまで使われてきたフィルムのカメラで記念撮影をしている様子が流れてくる。「撮るよー」と声をかけている。この様子を見せておいて、カメラ付きケータイが普及しきった現在の様子。ここでも「撮るよ」と声をかけよう、というコマーシャルなのだ。周りに気遣ってください、そして写真を撮ることもコミュニケーションですよ。こんなナレーションが乗ってくる。
話を始める前に、もともと警察の標語なんかは標語を作る小学生の意識を高めるには良い作用があるかも知れないが、日頃生活している中では全く意味がないと思っている。どうもリズムはいいんだけど、その言葉やメッセージそのものが入ってこない。そして何より「なに言ってるんだ」と思ってしまうのだ。標語そのものに「なに言ってるんだ」と否定的だから、もともと良くは見えてこないんだろうけれど、それにしても企業が作る“標語”のようなCMも、結局同じように見えてくる。別に制作したフィルムメーカーや演者が悪いとかそういうわけではないです。
「“撮るよー”と言え」というCMをなぜ流しているか。やはり盗撮対策ですよね。韓国ではカメラ付きケータイのシャッター音が鳴らないモノもあり、盗撮が大きな問題になりつつある。このため2004年1月からはシャッター音や撮影時のライトを義務づけるようになった。
これに比べると日本では特に申し合わせなしでも、全ての端末でシャッター音が切れないようになっている。より画素数が高くて小さいデジタルカメラがシャッター音なしに設定出来るのに、なぜケータイではシャッター音が鳴るかという説明はない。ケータイはカメラが本当の機能ではないから、サイド・メニューであるカメラによってケータイの評価を下げないように、という盗撮対策への用意周到ぶりが見え隠れする。
混雑した場所でカメラ機能をオフにするようなケータイの機能に手を入れるワケではなく、使う側にしっかりマナーを徹底してもらおうとしているワケでもない。根本的な対策ではなく、利用者のモラルに判断を委ねるという、また毎度毎度の前提作りか。
電車内でのケータイについてのはじめの議論から今年の8月の終わりに出てきた関東鉄道会社17社の統一ルールまでを眺めてみると、「ペースメーカーへの影響を防ぐため」とあらかじめ大きく報道しておいて、(それでも使っているのを知った上で)様子を見る。ペースメーカーへのトラブルが特に見られなかったので、ルールとしては緩和する。
しかしその間に「電車内のケータイ利用=悪」というケータイマナーが実情と合わない形で形成され、未だ電車内でのケータイを巡る小競り合いが絶えない。おそらく「電車内のケータイ=悪」というルールが刷り込まれた状態では、電車内における儀礼的無関心の抑えが効かなくなってしまっているようにも見えてくる。
ケータイキャリアや鉄道会社は、ペースメーカーに関して「対策をしてきた」と言える前提をしっかり作ったかも知れないが、社会的に見ると実情とずれた歪みみたいなモノを残してきていると言える。これと同じ事が、何らかの形で、この「撮るよー」というマナー作りにも出てくるのではないか。
ペースメーカーの問題と少し違うところは、盗撮は誰にでもされる可能性があると言うことだ。これから「公共空間でのカメラ付きケータイによる撮影=悪」という前提が作られていき、そこから歪みが生まれてくるという、電車内でのケータイと同じような経緯を辿ることになるのだろうか。
trackbackを頂いたHarukiサンのblogでのcommentより。
・ヱビススプリング製作所: ケータイのタバコ化社会の規範を広告を通じて「みんな」に見える状況にしておくことで、違反者に対する視線を投げかけさせる。社会の規範はどうでもいいけど、「しょうがない子だなぁ」って目で見られるのはなんとなく恥ずかしい。っていう効果を狙っているのだったら割と高度だ。油断してた。
---
ケータイのカメラで「撮るよー」って言え!というのは、ケータイのカメラと普通のカメラに同じ意味を付している人たちの考えたことなんじゃないかなという印象。
もちろんモラルやルールを「決めるべき」としているのは上の世代の人たちであって、下の世代ではない。しかし上の世代はケータイを下の世代ほどストイックには使わないため、実情と合わないルールができる。守るわけではないが、ルールがあると頭の片隅に残っているから、ルール違反をしている人を見つけると「ダメだなあ」という視線になる、という気付き。