COLUMN

Glocom Forum - マスメディアの思惑

by TARO MATSUMURA - 2005.08.23 01:30

 Glocom Forumの「情報社会と合意形成」のセッションより。議論の冒頭では、まずインターネットと社会との関係について、マスメディア、ブロガーやネットジャーナリスト、一般のネットユーザーとの間で交錯するそれぞれの思惑について、鈴木謙介さんのまとめとして発表された。その中で、まずはマスメディアとネットとの関わり方についての議論をまとめ。

・tarosite.net: Glocom Forum - 情報社会と合意形成セッションログ


 鈴木さんは、マスメディアは『電車男』以前・以後でネットに対するつきあい方が変わったと指摘した。ネット=犯罪の巣靴で無責任な発言の現場だったものが、ネットからネタを探すようになったメディアの姿があるという。マスメディアで「ネットでも話題の」という注釈が踊るようになり、ネットにネタを求めるメディアの構図が現在顕著になりつつあり、今までネットとマスメディアとの間にあった溝が、「ネットドル箱説」に乗って縮まってきているのではないか、との議論である。

 ひろゆきさんは、マスメディアがネットにネタを求めるというのは「今に始まったことではない」と反論した。「電車男がマスメディアに出てくるときに、2ちゃんねるという言葉は一切出てこない。世間のドラマを楽しんでいる人たちからすれば、ネットなんて別にどうでも良いんじゃないか」と、ネットがメインストリームに乗ったとは思わないとの立場を示した。

 また切込隊長は「マスメディアのネタ元を探すサイクルの中に、今回たまたまネットにスポットが当たっただけで、ネット発の前は木更津発だった。ネットがリアルな地域に加わったというのは新しいかもしれない。これが定着なのかブームなのかはまだ分からない」と指摘。その一方で鈴木さんは「ネットをメディアに載せるしきい値そのものが下がっている可能性がある」と環境の変化を押した。

 ずっとインターネットを追いかけている人からすると、自分たちが普段触れている話やネタがマスに乗るようになる、と言う点ではものすごくインパクトを持って迎えることになるが、元々インターネットにいなかった人からすれば、新しいドラマがテレビで放送されている、と言うのと同じなのかもしれない。わかりやすく言うと、ちょっと前に木更津市民が味わっていた「地元がテレビで採り上げられている」感覚を、ネットに親しんでいる人が同じように味わっているだけという事だ。

 そう考えると、マスメディアの思惑として挙げられていたネットがドル箱になると言う幻想は、木更津は儲かるというそのときのブームに乗じたビジネス以外の何者でもない。とはいえ、今回ブームで終わったとしても、鈴木さんが指摘したしきい値が下がることに繋がっていくと、僕は考えている。ネットがマスメディアでの経験をしたことになるし、マスメディアもネットを使う経験をしたことになる。こういう蓄積を続けていくことが、しきい値を下げる(認知度が上がる)と言うことだと思う。

 それがどのくらいの意味になるかは計りえないし、僕は大きな構造の転換が今すぐ起きるとは思っていない。つまり『電車男』は大きなインパクトや転換点になる事柄ではないという意見だ。こうした交流のような緩やかな連携から、ネットが少しずつ時間をかけて浸透していく過程の中で、少し目立った事象という程度だろう。それでも、経験は重要な蓄積になると思う。

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