COLUMN
Hit Big Earthquake In Tokyo
by TARO MATSUMURA - 2005.07.27 16:42
先週の土曜日、7月23日にトーキョーで地震があった。足立区で震度5強と、13年ぶりの深度5以上の記録となっている。僕は青山一丁目の地下にいたんだけれど、何ともグラングランと気持ち悪い揺れ方をしていた。つまるところ、多少酔ってしまった。普段地震というと地上でしか感じたことがなく、多少建物がスウィングするような体感が多かっただけに、地下での地震初体験には驚いた。驚いたのはそれだけではない。
夕暮れ間近の青山一丁目の地下街、僕の記憶の範囲では結構空いていて物静かな印象があった。ところが地震があった後、続々と人が流れてきて、それまでは3組、8人くらいしかいなかった店内はみるみる満席くらいにまで人数が膨れあがっていったのだ。妙な雰囲気である。と、隣のテーブルに座ったおじさんがウエイターに注文をするときに「電車が止まっちゃってさ」。なるほど、それで人がたくさん待っていたのか。僕はずっと青山一丁目で打ち合わせをずっとしていたので、ずっと同じ地下の喫茶店にいた。揺れてから人が増えたくらいであまり他には変化がなかったというか。
後からそれぞれの場所にいた人たちから話を聞いた。僕の師匠はちょうど成田空港から帰ってくるところだったらしく、ずいぶんと電車の中に閉じこめられたそうだ。「京成だったからまだマシだった」とはなんとも皮肉たっぷりな発言である。青山一丁目に行く前に原宿で会っていた後輩は、六本木に行こうと思っていたそうだが、山手線に乗れなかったそうだ。
成田空港から帰ってくる電車に乗っている乗客は、都心から無駄に遠い成田空港からの帰路で手続き的な「移動」をしているわけだ。手続きに時間が取られると、それはそれは疲労困憊である。例えば区役所の手続きだとか。あ、渋谷区の手続きは割と迅速だと思いますけれども。一方の原宿駅について、後輩はそのときの様子を話してくれた。
それに比べて原宿駅で電車に乗れずに立ち往生の若者達は気楽なものだ。地震を感じたかどうかは別としても、電車が動かないという非日常を楽しんでいる向きすらあったそうだ。電車の動かない原宿駅は閉鎖され、有人改札1カ所から出ようとしている人たちで長蛇の列が出来ていた。こう言うときはSuica化された便利さの代償を思わせる。そして後輩は他の人たちと同じように、電車が動くまで原宿駅前で座り込みをしていたそうだ。
「この作戦が失敗だった」後輩はそう語る。予想に反して、いつまでたっても電車が動き出さなかったというのだ。ニュースでも出ていたが、思いの外鉄道系の復旧が遅かったのである。誰か鉄道の詳しい方に復旧の遅れについて聞いてみようと思っているけれど、後輩は仕方なく渋谷まで歩き、そして六本木通りを六本木まで歩いたそうだ。他にも徒歩で移動している人がたくさんいたのだという。
ケータイも繋がらない。地震直後から1時間程、通話も繋がりにくいしメールをやりとりするためのパケット通信の回線もうまくいかない。「しばらくお待ち下さい」というディスプレイの表示は1月1日0時0分か、花火大会の会場周辺くらいなものだ。恐らく回線が絞られていて、繋がる台数が制限されているのだろう。いくらケータイが停電に強いと行っても、結局トラフィック集中と発信制限で使い物にならなかったのだ。
地震の時に街に出ていると、なおさら地震に弱いトーキョーの姿を目の当たりにしてしまう。しかしワカモノはそれすら楽しんでしまっている向きがある。たくましいと言うべきか、心配してしまうと言うべきか。それにしても、その喫茶店のウエイターは「立っていたから分からなかったですよ」と笑顔。プロ根性?それともワカモノって言うこと?
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