TAROSITE.NET: COLUMN

iChatの活用法


by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2003.08.26 04:50

 HotwiredにiChatに関する記事が掲載されていた。気になったのは最後の部分。

・Hotwired: アップル『iChat』のバラエティーに富んだ活用法

テレビ会議の礼儀作法が、他にもさまざまなかたちでユーザーに対し明らかになりつつある。

「非常に新しいテクノロジーなので、使用時のエチケットもまだ充分できあがっていない。たとえば見知らぬ人を呼び出す場合、会話をどのように始めるかというエチケットがあるだろうし、どちらが先に通話を切るかという問題もあるだろう。

 僕がiChatでビデオチャットを2〜3回したときの感想(『ビデオ・コミュニケーション』参照)と一致している面もあり、していない面もあり。

 まず新しいテクノロジで使用時のエチケットが十分出来上がってない、というのは、その通りだと思う。これは僕が感じた、これまでの感覚とは違う「終話のタイミング」への躊躇もその一つの例だと思う。

 今までは断続的ではなく、連続的に接続されているコミュニケーション手段、つまり電話類のタイプによるやりとりでは、端末にほぼ必ず明確な終話ボタンが付いていて、それを押せば接続が切れる。ところがビデオチャット、iChat AVではそのようなボタンはなく、ウインドウを閉じれば終話となる。

 「ウインドウを閉じる」=「プログラム終了」なので概念としてはかけ離れていないが、デスクトップを「片づける」という感覚も同時に持っていたので、躊躇してしまった。また、マウスカーソルをそのウインドウ・クローズボタンまで運ぶ間も相手とは通信がされているままなので、目があったりして会釈をしようものなら切りにくいじゃないですか。

 また以前の僕の指摘の中でコミュニケーションの部分に関しては、「初対面でも大丈夫であること」を挙げた。blog上でcommentやtrackbackのやりとりをしていること(に加えて、Macユーザーであることからくる同朋感覚も関係あるかも知れない)で“初対面だが初対面ではない”という不思議な感覚を覚えた事は、2xUPのkaminogoyaサンと味わった。

 この感覚は、直接お会いしたmaskinサンやIMやIRCでご一緒させて頂いているkengoサン、メールをやりとりしたMinamiサンなどとも、チラチラっと話題に出てきた事なので、blogがビデオチャットに何か働きかけている、と言うよりは、blog上でのやりとりがかなりダイレクトなコミュニケーションになっているという事なのかも知れない。

 記事によれば、アメリカではiChatの相手を探すマッチングのサービスがいくつも登場しているそうだが、このマッチング・サービスで相手を探すというのもなんとも難しいような気がする。あくまでビデオチャットはコミュニケーションの一つの手段なので、ビデオチャットをすることを目的するのもなんだか違うような気がする。なんて言っていると、ビデオチャットなんてそうはしないのかも知れないけれど。


Twitter Update
    Trackback
    • URL:
      http://upwest.org/mt/mt-tb.cgi/1042