COLUMN

昭和の名人を楽しむ

by TARO MATSUMURA - 2004.09.29 06:28

(出囃子)
 え〜おなじみのお笑いでございます。商売となりますと、さてこれがやさしいというものは無いようでございます。何の商売でもこれでなかなかむずかしいものでございますな。

 いま、私のイヤホンには、滑稽噺を得意とし、強情な男、大酒のみなど、江戸の人物が映し出される天下一の芸の持ち主、昭和落語の精髄を伝える最後の名人、五代目柳家小さんの噺声が響いております。

 扇子を右手に持ち、口でもって音を出し、あたかもうどんをすすっているかのように見せるしぐさをごらんになったことがございますでしょうか。今では、落語の代名詞ともなりつつあるこれ、”うどん屋”という噺のワンシーンなのです。その噺の最初の部分、枕(マクラ)が上記のものでございます。静かな出だし、ちょこっと上げた文末、聞いている客をおもわず聞き入らせてしまうのが大名人だなと感じる部分なのです。

 ここで告白いたしましょう。恥ずかしながら、私は、小さん師匠を聞いたことがございません。これがどういう意味か、寄席通いをする方ならすぐおわかりになるでしょう。もちろん、CDやなんかでは聞いているのですが、この「聞く」という動詞は特別な意味合いが含まれているのです。つまり、生で、ライブで、噺家が話すのを見ることを意味するのです。生で見るというのはやはり違うものでございます。一生の悔やみであるのですが、私が頻繁に寄席へ通うになったころには小さんは永い眠りについていらっしゃいました。

 落語界ではこの数年、古今亭志ん朝師匠、柳家小さん師匠、春風亭柳昇師匠、桂文治師匠など数多くの名人が亡くなっております。落語ファンの財産となるのはこうした名人を生で聞いた事があるという経験、そのものなのです。例えていうならば、寄席の狭い空間に時間をともにして芸に酔いしれることが、落語を楽しむ上での最高の贅沢というものなのでございますよ。

 幸いにも、そんな名人を味わう手段はわれわれに残されております。CDやDVD、他の録音、録画メディアをつかって楽しむ事ができるのです。師匠が得意とする作品を寄席やホールで演じたものを録音し、それらをCDにおさめたものがあるのです。同じ師匠が同じ噺をやったものでも録音した時期が違えばまた違ったものに聞こえますし、面白いもので、スタジオで1人で語った落語を収録したものよりも、観客の笑い声があるホールや寄席での録音の作品のほうが臨場感が味わえたりするものでございます。

 落語の噺の特徴から、CDなどではわかりにくいものも中にはあるんです。それは何かといえば、しぐさが噺の主となってくるものです。笑いの筋の中に落語家の手振りや身振り、表情などがふんだんに盛り込まれているものなどは、録音されたものではわかりませんな。録音されたメディアでは、その部分が空白になるだけで、何が起こっているのか、どんなしぐさをしているのかわからないものです。

 いくつかその例をご紹介しましょう。蒟蒻屋の六兵衛の世話で和尚になった八五郎が、 雲水の僧が問答にやって来たので寺を出ると聞き、 六兵衛が和尚になりすまし、多を語らず手振り身振りで雲水の僧の問答に勝つという”蒟蒻問答”では、問答のタイミングやうごきなどがおかしさを誘うため、これは見て楽しむ落語といえるかもしれません。また、長屋の者が、大晦日の晩に借金の掛け取りを追い帰す商売の男を雇い、男が煙管で煙草を吹かし、にらみ付けていると、掛け取りはあきらめて帰って行くという筋の”にらみ返し”も噺家のするどい眼でものを語る類いの噺なので、CDでは楽しみきれない部分があるかもしれません。

 しかし、そんな噺を扱ったCDの中にも、名人の名人たる所以が見て取っていただけます。耳から入ってくる音だけで、名人がどのような動きをしていて、どのような表情をしてるのではないかと聞いている側に想像させてしまうのです。さらにいえば、噺の中の登場人物を克明に描き出しているのだといえるのでございます。耳から入ってくる音だけで、笑いの世界を描写してしまうチカラがある人のことを名人と呼ぶのではないのかなとふと感じているところでございます。

 このように亡くなった名人の落語を楽しむ手段としてのメディアは、多くの落語ファンを未だに楽しませているものだと思います。証拠として、昭和の名人古今亭志ん生のCDの売れ行きは、下手なバンドの売り上げを楽に上回っているのだと聞いた事があります。売り上げのことを強調してしまいましたが、名人のCDの売れ行きの裏には、寄席では会えなくなった名人の噺をどうしても聞きたい、味わいたいという笑いの衝動、郷愁の想いがあることと思うのでございます。名人はいつまでも名人である。ぜひいちどお聞き願いたいところでございます。

 また、亡くなった名人の芸を味わう方法がもう一つあるのですが、それは、又今度ご紹介することといたします。


Author

松村太郎 Taro Matsumura

Taro's Portraitジャーナリスト・企画・選曲。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。ビジネスブレイクスルー大学講師。テクノロジーとライフスタイルの関係を探求。モバイル、ソーシャルラーニング、サステイナビリティ、ノマドがテーマ。近著に『タブレット革命』『スマートフォン新時代』など。 read more & contact

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