TAROSITE.NET: COLUMN

ケータイ番号=自然発生的背番号


by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2003.10.31 00:54

 昨日の「写メールカード」のエントリーで、「メールというヴァーチャルな環境からリアルなはがきが届くのは面白いけれど、送りたいと思っても実際住所を知っている人っていないな」という事に気付いて、ケータイ番号から照合してくれると楽なのになと思った(当然、そんなことは許されていないんだけど)。

 これは、プライバシの公開先が限定されている状態、つまり「気持ちの良い管理」の範囲に入るだろうか。情報通信文化論の今回の課題02「携帯電話とは何か」でも、実はケータイで管理されているという指摘をしている人がいたのでクリップ。

・情報通信文化論レポート: 携帯電話とは、民間による自然発生的な国民層背番号制である。
・情報通信文化論 t03079ry: 携帯とは何か?
・情報通信文化論: 国民総電話番号制


 090で始まる11桁の番号とメールアドレス、加入者の住所、現在の居場所までがキャリアのデータベースの上で管理されている。情報量としては、現在の居場所まで把握されているという点で、住基ネットのデータベースよりもアクティブな情報が存在していると言えるかも知れない。

 もちろんケータイに電話がかかるとき、全国のアンテナから呼び出すのではない。位置情報登録されている付近のアンテナから呼び出す仕組みになっている。これは呼び出しにかかるトラフィックの都合による部分であり、利用者と言うよりはキャリアの都合。キャリアが、なぜケータイにどこにいても電話がかかるのか、と言う仕組みをそこまで詳しく説明していないから、現在の居場所を常に把握しているという部分への気持ち悪さや拒絶反応が起きていないのだろう。

 ブラックボックス化されている、つまり分からないことで嫌がられずに済んでいる部分があるが、もし常に自分の位置が把握されていると分かったら、拒絶反応をするだろうか? もちろん人によってはケータイを解約するか、1日の大部分を電源OFFで過ごすかも知れない。しかしポジティブに受け入れる人も多いと思う。電話がちゃんとかかってくるために(ブラックボックスの中で)位置を把握しているのだ、という感覚。

 これは“気持ちの良い管理”になっているのではないか。プライバシをケータイ会社のみに公開していて、自分(が持っている端末)とケータイ番号とメールアドレスを一つのデータベースの上で一致させているから、自分(が持っている端末に)電話もかかってくるしメールも来る。便利のためにプライバシを公開している。こういう感覚の下でなら、個人情報を管理される事への抵抗も下がるだろう。現実問題として、ケータイを契約できないと言うこともあるけれど。

 住基ネットでイヤなのは、必要性やメリットが感じられない相手(国、ということになりますか)に自分の個人情報を管理されることがイヤだ、と読み替えることも出来る。逆に言えば、住基ネットを受け入れてもらうコツはこのあたりにあるのではないか、とも思える。もちろん、根本的なセキュリティの問題はまた別だけれど。


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