TAROSITE.NET: COLUMN
男子マラソンで韓国ととことん仲良くなろう.
by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2004.08.29 13:10
「韓流」という言葉がある.
今,世界中巻き起こっている韓国ブームをそう呼ぶのだそうだ.韓国映画は世界各地で高い興行収入を叩き出し,サムソンの液晶ディスプレイは生活の場の隅々に行き渡り,その内にヒュンダイの車を乗り回すようになるであろう.日本にもこの「韓流」はやって来ている.『冬のソナタ』に憧れる女性達,アン・ジョンファンのプレーに魅了されるサッカーファン,ソン・ドンヨルは日本球界最高のクローザーの一人であったであろし,圧倒的なビートで多言語を操るBoAにはアジアの一体感を感じさせられる.そういえば新大久保駅で,泥酔し線路に転落した人を救出する際に命落とした留学生もいた.チョヌンキムチルルモクスムニダ.
そう我々日本はもう韓国の虜である.
ただこの日本から韓国への”お熱”は,もしかしたら片思いなのかもしれない.日本と韓国,この二人の間にはぬぐいきれない過去の歴史がたびたび暗い影を落とす.亡霊のように消えては現れ,現れては消える戦争の記憶である.これは叶わぬ恋なのか,,,いやいや諦めるのはまだ早い.韓国に振り向いていただく,韓国に日本を好きになっていただくことが,男子マラソン日の丸3選手に出来るとしたら,どうだろう?
あなたは孫 基禎(ソン・キテイ)という偉大なマラソンランナーをご存知だろうか.彼はベルリン五輪(1936)において日本マラソン界に初めての金メダルをもたらした選手である.その記録は今でも日本オリンピック委員会(JOC)が掲載している記録一覧表の,高橋尚子の記録の上に燦然と輝いている.
しかし今,この彼の金メダルは日本国内にはない.そう,この人物の出身国ないし国籍は少し複雑なのである.彼の本当の名前はソン・キジョン,出身は現在の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)領内にある平安北道新義州である.しかし彼の生まれた1912年およびベルリン五輪の1936年当時,朝鮮半島は日本の領土であった.2002年11月15日,ソン・キジョンはその波乱万丈の人生を韓国人として終える.今年6月10日,国際オリンピック委員会(IOC)はソン・キテイの出身国を北朝鮮から韓国に改めた.ところが未だにソウル五輪(1988)で最終聖火ランナーを務めた韓国の英雄ソン・キジョンの,IOCに残るベルリン五輪の記録は日本人ソン・キテイのままである.
この金メダルを韓国に返してあげたらどうだろう?韓国だってそれを望んでいる.シナリオはこうである.油谷繁ないし国近友昭ないし諏訪利成がパナシナイコ競技場に,歓喜喝采の中1番に駆け込む.世界中に投げキッス.そして日本男子マラソン界”2”人目の金メダリストとして各国のプレスが集まった記者会見場に出席する.そこで偉大な先人に想いを馳せた素晴らしいスピーチをする.晴れて日本人男子初のマラソン金メダリストになるのである.JOCは韓国にソン・キジョンの金メダルを返却する.ソン・キジョンは草葉の陰からこのいきさつも見守り,喜ぶ.韓国も少しは,,,
どうだろう?うまくいきすぎかな,,,
えっ!?でもなぜ今すぐに返さないかって?ん~さぁ,,,まぁ韓国にはファン・ヨンジョ(バルセロナ五輪男子マラソン金メダリスト)の分があるからじゃないの.
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