COLUMN
Gloom For Semantic Web
by TARO MATSUMURA - 2005.02.15 17:55
先週木曜日のセマンティックWebカンファレンス2005は僕が想像していた以上にとても盛況だった。三田キャンパスで一番きれいそうな建物(恥ずかしながら通ったことがない三田キャンパスのことはあまり分からないので何館だか知らない)にあるホールはいっぱいになり、昼食時や休憩時間、講演終了後などはロビーの部分で行われていたブース展示にもたくさんの人が訪れては説明を聞いたりディスカッションをしたりしていた。
忙しい時間帯とそうでない時間帯がとても対照的なので、空いた時間にブース展示をしている方と話をしていたのだが、その中にSemblogの大向さんもいて、分散的に話し込んだ。とぎれとぎれとはいえ、1日中立ち話をしているというのも最近はなかった経験だなあ、と思いつつ。
「衝撃的な事実として、今までは自動的にやろうとしていたことを人々が好きこのんで始めたという点はスゴイ」と大向さんは声を潜める。セマンティックWebカンファレンスでは機械にやらせようとしているタグ付けや情報の蓄積やパターン分析などの、それまで膨大な量を用意するのが面倒くさいとされてきた事を、blogやソーシャルネットワーキングなどのツールの上で人々が行っているからだ。
例えばblogのカテゴリやtrackbackは情報同士の分類や関連付けといったタグ付けそのものであるし、今まではこれを自動的に行おうとしていたはずだ。ところがタグ付けは人が行い、それらの情報は人も機械も活用できるようなアウトプットとして蓄積されているのが現状になっている。
「学問的に考えるとセマンティックウェブは、Tim Berners-Leeが行き着く先まで提唱して、それをどのように実現するかというスタイルで進められてきた、いびつな学問分野だと思う。ちょっとわかりにくい形で研究が進められてきた分野だったけれど、だんだん使用可能なデータ量が増えてきたことで正常化しているんじゃないかと思う」と大向さん。
必死に事例作りをする研究者がいる一方で、ネット社会ではblogだったりGoogleだったりで流儀は違うが目指すものに近い環境を自然に整えている流れがある。これを知れば知るほど、セマンティックウェブ研究者にとって憂鬱じゃないかと言う話をしていた。だからこそ、そう言う環境がある程度落ち着いてきた今年に、もう一度何らかの枠組みで研究なり実用化なり仕様の策定なりの動きが生まれても良いんじゃないか、と盛り上がった次第。
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