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人にきっかけを与える人とは - @sudacchi を例に


by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2011.09.29 23:09

 僕の中学からの先輩である須田英之さん(@sudacchi)がWebEXPにインタビューで出演されていました。ヤマハの社員でありながら、学生時代にはITベンチャーを興し、フォトグラファー、そして音楽活動といった多彩な活動を展開されてて、そのスタイルというか、超絶な時間術には非常にいつも驚かされるばかり。

 WebEXPの記事はこちらから。というか、ヤマハでの経験、ヤマハ以前の経験、そして現在の話など、ほとんど表現しきっているので、僕はちょっと違った、ストーリーを。

 先日、須田さんと僕の母校に行ってきたときにも、必ず名前が出る先輩として須田さんがいる。僕にとっての強烈な印象は、音楽会の時にサックスをかっこよく吹いてステージを湧かせていたこと。僕は中学に入って、学業面から部活の面までほぼ全ての領域で挫折と根本的な再設計の必要性を意識することになるのだが、人にハッと気付かせる才能や経験として、大いに見せつけられた瞬間でもあった。

 特に須田さんは、2004年に「おまえは記事を書くなら写真を撮れ」と一眼レフカメラ入門を進めてくれた人だ。そしてシグマの20mm/f1.8指定でレンズを1本買い(←高かった…)、「このレンズだけで3ヶ月取りまくれ」というミッションが与えられた。今でもこのレンズは大切に使っている。

 同時に、僕の就職を阻止したきっかけも須田さんだった。西麻布で朝の5時まで、蒼々たる面々とともに進路相談になってしまって、「おまえは就職しなくて良い」という宣告をされたのは、もう7年前だけれども記憶に新しい。その後も、僕の足りないいろいろなところを気付かせてくれるような人との出会いをコーディネートしてくれて、やはり多くの挫折もしながら、自分が進む道や仕事について考えるきっかけを作ってくれた。

 そう、彼は、いろいろな方法で「人にきっかけを与える人」なのだ。

 もう少し別の角度から見ると、多彩な活動には必ず人がいる。当たり前のことだけれど、人が居ないと何かを「一緒にする」体験は起きえないし、そういう体験をともにした人がいなければ、人にきっかけを与える「パス」を持つことも難しい。もちろん、誰もがきっかけを与える人になれるかと言われると性格なんかもあるけれども。

 Facebookは誰とつながっているか、ではなく、自分の動詞が重要になってきた。おそらく自分が何をしたかという動詞に対して、誰としたか、という部分が改めて重要度を増してくる。ただつながっていることに、あまり意味がなくなってくるのは、実社会での生活とほとんど同じなんだろう。

 WebEXPの後編も近日公開される予定ですので、お楽しみ。


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