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A Ball
by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2005.05.03 23:51
僕は中学の頃からテニスをやっていて、今は別に試合を目指しているわけでもないし、誰かに教えると言うこともしていない。楽しみとしてコートへ通う程度だ。テニスというのは、他のスポーツでも同じかもしれないけれど、色々なプレースタイルがある。頭を使っても勝てるし、体を思い切り動かしても勝てるし、上手く織り交ぜることも出来る。頭を使ってもパワーで対抗できるし、パワーにも頭脳で対抗できる。ところが、だ。
ラリーというのは相手とネットを挟んで球を打ち合う状態で、プレーが連続的な流れの中にある。そのため玉をコートのどこに、どの強さに運ぶかによって、おおよそ相手から帰ってくるボールが予想できるのである。もし、その予想に反したところに相手からボールが返ってきたら、自分が打ったボールが強さやコントロールの面で自分のイメージと違っていたか、相手のナイスショットなのである。そう言うときは「ナイスショット!」といって次へ行くしかない。
ナイスショットの場合を除いた部分が、自分の経験知的な学習の部分である。なぜ相手が予想と反したコースの玉を返したのか。返せたのか。自分のボールが行っていなかったのか、自分がこれまでに学習していたパターンが間違っていたのか。こうしていくつかの修正のプロセスに入っていく。多分意識的にやる必要があるのかもしれないけれど、パターンが貯まってくれば、無意識に以前のパターンを参照して違いを修正するようになる。
しかしテニスは自分と相手とパターンの要素だけで決まるのではない。屋外のコートなら風はけっこう影響を与えてくるし、屋外でも室内でも、湿度なんかでも微妙に違うかもしれない。こうした要素に細かく対応する必要がある。ただでさえもパターンの反復なのに、気象条件まで気にしろなんて言われるとお手上げ状態になってしまうかもしれないけれど、ある程度ショットが打てるようになった先は、そういうことなのだろう。
ちなみに、楽しくテニスをやる、と言う定義もいろいろあるけれど、これはやっぱりショットやラリーを通じて、スカッとする爽快感を求めるテニスなんじゃないかと思う。試合に勝つためには、もっと別の話が必要ではないか。
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