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Back To Net Life


by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2005.06.29 23:53

Flickr Badge 宮古島から帰ってきて、普段の生活に戻った。普段の生活というか、普段の生活インフラに戻ったという感じだ。自宅ではPowerBookを開けばどこでもインターネットに無線で繋がるし、都内なら街に出てもとりあえずWillcomのPHSでネット接続をすることが出来る。やはりインターネットの回線があるのとないのとでは大きな違いがある。宮古島ではFOMAの電波はどこでも通じているので、やろうと思えばFOMA経由でもネットに繋がるが、だからといって手軽に使えるかと言われるとそんなことはない。

 インターネットがなければブログも書かないし、ソーシャルネットワークも見ない。それだけでなくe-mailだって見られないし、ニュースサイトだってチェックも出来ない。普段当たり前のことが出来ないというのはやはり不自由なんじゃないか、と思ってしまったが、それがそうでもなかったのは意外なショックだ。あれだけネット付けの生活を送っていながら、いざネットが使えない数日間を経験したからと行って、死ぬわけではないのはもちろんだけれども、あまり苦労しなかったというのが不思議なところだ。

 それだけネットへの依存度が、ネット上での滞在時間が長いからと言っても、あまりないのだと言うことがシメされた格好になった。「これじゃまだまだネットもダメだな」とそう思わされる経験であった。ではトーキョー周辺の人たちと全くコミュニケーションを取っていなかったのか、と言われると、そんなことはない。ケータイの存在である。前にも少し書いたけれど、あのエメラルドブルーの海が目前に迫る海岸ですら、W-CDMAのFOMAの電波が通じているのである。

 少し立ち止まって考えてみると、これはすごいことだ。海や空の色、白い砂浜、無数のホタルやかになどが目前に迫ってくるような、あれだけ自然が美しい情景を作り出していながら、第三世代ケータイが使えるのである。384kbps(下り)でインターネットからファイルをダウンロード出来るし、テレビ電話で映像を届けることすら出来るのだ。2メガピクセルのサイズで写真を撮影すれば、そこからすぐにFlickrにアップロードできる。

 もちろんケータイがインターネットに乗り入れているからこそ、こういった芸当が実現しているのは言うまでもない。しかしインターネットの最終的な端末がノートパソコン、というのは圧倒的に疑問符が増えてしまった。この経験をどう解釈していくか、あるいはケータイに何が出来るか、大いに考えるヒントとなった旅であったことが思い起こされた。


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