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Big Brother's Photoism


by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2005.02.23 15:22

 今日は1日家でコラムの仕事をしていて、夜銀座に出掛けてから兄(のように慕っている)の家に行った。僕が前使っていて急に壊れてしまったPowerBookはMacOS 9で起動することが出来る最後のマシンで、治してでもぜひ譲って欲しいということで使ってもらうことにした。その修理が上がってきて、渡していなかったOSのディスクなどを届けに行ってセットアップしてきたところだった。GarageBandにものすごく感動していた兄は楽器を何でもこなすミュージシャンでもある。

 ミュージシャンであると同時にフォトグラファーでもある。僕がカメラを始めようと思ったきっかけは兄が撮る、ついつい食い入るように見てしまいたくなる写真を見たときだった。元々写真は好きでコンパクトデジカメやケータイでカッコイイ写真を撮ろうと試行錯誤していたときもあった。兄に言わせれば写真の良さは機材以上に感性だというのが基本だった。もちろん知識やテクニックみたいなモノが写真の枠をまた超えさせてくれるが、その前にやることはある。

 兄に写真を習い始めて、今のところ一番心に残っているのは、写真と画像という話だった。よくウェブサイトで使う素材用に写真を撮るし、僕が何かデザインするときには自分で撮った写真じゃないとインスピレーションが沸いてこないというくらい、リアルなイメージに頼っている。しかし加工することを目的とした写真や、加工された写真というのは画像であって、写真は撮ったそのまま作品となるべきだ、というのが教えだった。僕の解釈も混ざってますが。

 僕はそれまでは、加工して使える、インスピレーションを与えてくれるという「素材」みたいな役割を写真に持たせていたかもしれない。しかしそれは「写真」ではなくて画像や素材でしかなかったのだ。シャッターによって光学的に、外に広がる世界を瞬間的に切り取る。どのような範囲を切り取るか。その瞬間にも色々長さがあるし、どのくらいの強さで切り取るか(感度の話)もある。それも含めて「写真」という表現なのだ。本当に面白くて仕方がない。


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