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Life Without Diary
by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2005.02.20 13:53
2月から日記を書こうと10日程続けてきたが、先週1週間あえて日記を書かないようにしていた。特に大きな意味があるというわけではないんだけれど、日記を書くのがあまりに面白すぎてしまったので、書かなかったらどうなるのか、と言うことを試してみる格好になった。結論から言えば、文字を書くと言うことそのものをしなくなってしまうという弊害が目立ってしまった。blogやら原稿やら、とにかく文字を書くと言うことをしなくなってきた。
もともとblogを書く前から6年くらいウェブ日記を書いていた。ウェブに日記を書く理由としては、他人から見られたいと言う部分がないというと嘘になる。読まれるというある程度のプレッシャーを受けながら書くという面はもちろんあるし、他人に見せて恥ずかしくない生活を送ろうという戒め的な部分もある。そうやって完全におあつらえ向けではないが、自分のためのメモでもない、と言う文章を書き続けてきた。その方が自分でも読みやすい、というのもある。
そして2年前にblogを導入した。ここで新たな概念として、日付ではなく情報1つ単位でエントリーするという流儀を体得することになる。情報をどれだけ細かい単位にして、しかもそのエントリーだけで内容が完結するように書くかという書き方だ。blogはcommentやtrackback等の機能があるため、より他人から参照されたり引用されたりしやすい文章群になっていると表現することが出来るが、一方で僕は別の感覚を覚えていた。逆だったのだ。
より他人が読むという前提がありながらより自分のメモ性が強くなったblogを2年間書いてきて、ウェブ日記を復活させたとき、再び読んでもらう文章を書くという面白さに目覚め直した。これが僕にとってウェブ日記を復活させた意味だった。やっぱり自分のためのメモよりも面白いのだ。これに目覚めてしまってから取り除いてしまうと、書くことそのものの楽しみが失われてしまうような感覚になって、blogも書かなくなったのかもしれない。
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