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ノース・サイド・カフェ
by TARO MATSUMURA @taromatsumura 2005.01.03 11:19
下北沢には良いカフェが無数にあるんだけれども、そんな中でも僕が大好きなのはノース・サイド・カフェ。名前の通り、下北沢の北口にある。この下北沢の北口、と言うエリアそのものが何とも好きなのだ。小田急線と平行していて駅から1ブロック奥に入ったところにある道路が良い。舗装は打ち立てのように黒くてキレイだし、心なしかゆったりとした通りの流れもまた良い。そんな少しアーバンで落ち着いた雰囲気を漂わせる北口が好きだ。
カフェの話に入る前になんでゆったりとした雰囲気になっているのか考えてみると、車が入って来にくいからなんじゃないだろうか。下北沢の南口は、決して道幅が広いわけではないけれど、茶沢通りなどからアプローチしやすい。一方の北口は、駅前から1つブロックを超えた2本目(僕の好きなとおり)こそ南口よりも広いんだけれど、そこへ入っていくための道は狭い。そのために車の通りも少なくなっているようだ。アスファルトがずっと新しい感じのままというのも、車があまり通らないからかもしれない。
そんな僕の好きな通りのちょうど真ん中当たりにあるのがノース・サイド・カフェだ。季節の良いときには間口を広く空けて軽いオープンテラスとして数席用意してあって、その内の1席を使って今日の料理やスウィーツをディスプレイしてある。どちらもボリュームはたっぷり。ケーキのカットも大きい。お腹が空いてしっかりと食べたいときには料理をオーダーするのも良いかもしれない。
でも僕は、行く時間帯のタイミングが合わないのか、あんまりお料理を頼んだことはない。大体コーヒーかワインを1杯頼んでお店の奥の方に入る。間口はあまり広くないが、奥行きがかなり長く、奥の方はお気に入りの通りも見えなくなって雰囲気もだいぶ遮断された感覚になっている。店内では僕の中で強烈にニューヨーク感覚を呼び起こしている。別にニューヨークにこういうお店が多いか、と言われるとそう言うわけではないんだけれども。
店には行って左側に並んでいる、1段高くなった4人がけのボックスシートが、今弟はニューヨーク州の北東に位置しているコネティカット州に住んでいて、ちょくちょく遊びに行くのだが、このコネティカットからニューヨークのマンハッタンに行く時に乗るメトロ・ノースの電車内の座席に何となく似ているのだ。少なからず憧れがあるマンハッタンに行くときに、ほぼ必ず見ていた情景がメトロ・ノースのボックスシートで、それに似ているノース・サイド・カフェのボックスシートも憧れの的だということか。
ノース・サイド・カフェで働いていたカフェ・ワーカーに話を聞いたら、このノース・サイド・カフェの音楽の秘密を聞くことが出来た。でもそれはちょっと前に変わってしまった店長の話。この店長は元々音楽と空間にものすごく興味があって、その現場に立つべくしてカフェの店長に就いたのだそうだ。それなのでマネジメントが得意だとか言うわけではなく、とにかくカフェ空間へのこだわりを発揮し続けていたそうだ。
とはいえノース・サイド・カフェを作ったというわけではないので、内装や何かをいじるわけにも行かない。そこで音楽にはものすごくこだわって選曲していたのだそうだ。おそらくその店長がまだお仕事をしているときだったのだろう、数年前の夏場に僕がお店に行った時、あまりにも音楽の好みが同じだったので店員さんに聞いてみたことがある。その聞いた店員さんも、もしかしたらコンシールで会った人かもしれないけれど。
「そうなんです。音楽にはこだわっていて、音楽はニューヨークにいる人(店長の知り合いと言っていたかもしれない)が選んで、毎月送ってきてくれるんですよ」とすると店員さんが教えてくれた。その話を聞いたことがあっただけに、数年前の記憶と目の前で展開されている話とがやっと結びついて、ものすごく頭がすっきりするような感覚と共に、その後のストーリーがダイレクトに入ってきた。
店長はその店員だった女の子に語ったことがあるそうだ。あまり正確ではないかもしれないが。「カフェでは色々な人が色々な思いでやってきて時間を過ごす。例えば恋愛の中でも、告白をする決心をしたとき、つきあっているとき、あるいは別れ話をするとき。もちろんポジティブな思い出ばかりじゃないと思うけれど、そうやって色々な立場の人たちがやってくる」
「そう言う人たちにとって、居心地が良い場所というだけではなくて、その瞬間の思い出がキチンと心に残るような場所にしたい。そのときに残された余地として出来ることは、良い音楽を選ぶことだった。音楽によっていやな思い出が呼び起こされるかもしれないけれど、それもまた思い出なのだから。その音楽を聴いて、記憶と共にお店を思い出してくれるかもしれない。それはとてもうれしいことだ」と。
この考え方にはものすごく共感できる。カフェの経営にはあまり能力を発揮できなかったのかもしれない。けれども人の生活の中に入り込んでくる、他にはない思いが込められた空間を作り上げていると思うと、ものすごく素敵じゃないだろうか。そんな素敵な店長がいたカフェは、今でも僕の大好きなカフェだ。またふらふらっと、何も考えずに行ってみようと思う。
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